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やっぷーと一緒に養父市におでかけしよう!
まいどまいど! 今回は兵庫県の北部に位置する養父市をご案内していきまひょ! 緑豊かな環境に恵まれた養父市は、豊岡市、朝来市、宍粟市、美方郡香美町、鳥取県八頭郡若桜町に隣接する町として知られ、ハイキングやスキー・スノボーをはじめとする観光客でにぎわってはりまんねん。 養父市のマスコットキャラクターは、やっぷー。 氷ノ山出身として知られ、観光案内、情報発信に奮闘してはります。 養父市では養父市など地域特産物の一つとして知られる但馬牛が味わえるほか、八鹿豚を使用した豚まん、朝来山椒もおすすめでんねん。 道の駅 但馬楽座 やぶ温泉ではお肌に潤いを与えることから「美人の湯」が楽しめる天然温泉。 古くから鯉の養殖が盛んであったとしても知られ、養父神社の境内の池では鯉が飼育されてまんねん。 副産物の蚕のサナギが多くあったため、昔から鯉の養殖が活発であったとも。 明延鉱山では実際の作業場が保存され、現在は探検坑道として見学することができまんねん。 跡地やその周辺には当時、使用されていた車両をはじめ、施設や街並みが現存。 皆さんもドライブに、ドライブの目的地にぜひ、立ち寄ってみてください。
あゆ公園
兵庫県の養父市内を流れる大屋川沿いにある公園。 マス釣り場、あゆのつかみどり体験をはじめ、バーベキューコーナーやレストラン、キャンプ場、コテージなどがある。
藤堂高虎公ゆかりの郷碑
藤堂 高虎は戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将・大名。 藤堂高虎は1600年、関ヶ原の合戦で徳川家康方につき、伊勢国の津城主となった。 1580年、加保村の武士・栃尾加賀守(源左右衛門祐善)の屋敷に寄宿。
養父市大屋町大杉伝統的建造物群保存地区
全国で115番目、兵庫県内で5番目となる国の重要伝統的建造物群保存地区に選定。 保存地区内には、江戸時代から昭和時代にかけて建設された主屋や土蔵などが現存し、主に養蚕住宅として使用された。 養蚕住宅は切妻型の瓦葺屋根、抜気とよぶ換気装置、大壁造、大きな掃き出し窓などが多い。
二ノ宮神社(大杉)
毎年8月16日には、ざんざこ踊りが奉納。 1828年、本殿が建設。 入母屋造の屋根の正面には千鳥破風と唐破風がある。 向拝には龍や兎、獅子の彫刻があり、龍の彫刻にはガラス玉で目を作った玉眼、兎は白波の上をはねる様子も。 大杉ざんざこ踊は県指定無形民俗文化財に登録。 江戸時代、病・カガミが流行したため治めることを目的に、地元の庄屋が伊勢を参拝、奈良の春日大社で習った踊りを氏神様に奉納したのが始まり。
かいこの里交流施設
うどんなど旬の食材を使用した料理を味わうことができる飲食店。 名物は桑の葉を麺に練りこんだ「桑うどん」。
上垣守国養蚕記念館
上垣守国は江戸時代に活躍した養蚕家、蚕種商人。 1753年、但馬養父郡蔵垣村(兵庫県養父市)の庄屋生まれ。 通称、伊兵衛。 号は仙栄堂。 蚕種を仕入れるため、奥州など全国各地に出向き、馬種の蚕を創出。 1802年、著書「養蚕秘録」は江戸時代の養蚕書。 但馬地域に養蚕業を普及させた先駆者となり、昭和時代の養蚕住宅を復元した記念館を建設。 施設内では生糸や繭、養蚕に関する書物、蚕具、農林用具などが保存、展示。
天空の城・日本のマチュピチュな世界へ
まいどまいど! 水力発電と風力発電の町・兵庫県朝来市。 ここはかつて、銀の産出が活発で、明治新政府に指定された由緒正しい歴史を持ってはりましたんやけど、銀の算出が激減して以後、遺跡として整備、唐人姿を今に伝えてまんな。 名を生野銀山。 生野鉱物館などが併設され、生野銀山の歴史や情報を展示・紹介してまんねん。 生野銀山の名物っちゅうたら、銀山うどん。 生野銀山のすぐそばには名物、銀山うどんと書かれた看板が見えましてん。 ほんで次に訪れた黒川ダム。 ここには、先述したようにダムとダムとの高低差を利用した水力発電と、黒川ダムの一角に建築された一基の風車が風力発電の役割を担ってまんねん。 最近、注目を集めているのが、天空の城や日本のマチュピチュとの異名を持つ竹田城。 竹田城は、山上に位置し、天候の条件が重なると雲海とともに楽しむことができ、記念撮影で楽しむ人の姿も。 ほんでまた周辺には天空の駅や海鮮せんべいを楽しむことのできるスポットが盛りだくさん! 過去と未来が交錯する兵庫県朝来市。 最近はシックナー跡、一円電車など注目の名所も。 時間を見つけて、ドライブに出かけまへんか。
道の駅 あさご 村おこしセンター
京都府宮津市から兵庫県姫路市に至る一般国道の国道312号線沿いにある道の駅。 1993年、開設。 朝来市やその周辺の観光案内や情報発信、名産品、特産品の販売などを行っている。 また施設内ではレストランや喫茶、芸術品・木工品を展示した「林業総合センター」「木工クラフトセンター」などもある。
レストランささゆり
京都府宮津市から兵庫県姫路市に至る一般国道の国道312号線沿いにある道の駅あさご 村おこしセンター内にあるレストラン。 メニューはうどんやそば、カツカレー、豚カツ定食、ハンバーグ定食など。 店内はテーブル席と座敷がある。 但馬牛や八鹿豚など、地元食材を使用したメニューも。
神子畑鋳鉄橋
円山川の支流にあたる神子畑川に架かる鋳鉄一連アーチ橋。 1883年、神子畑鉱山で採掘された鉱石を生野の生野精錬所まで輸送することを目的に約16kmの鉱石運搬道路を建設。 その一環として手引車や牛車などのために架けられた鉄橋群の一つ。
神新トロッコ
神子畑選鉱場と西日本旅客鉄道播但線の新井駅とを結んでいた路線。 神新軌道の神は「神子畑」、新は「新井」が由来。
鉱石の道神子畑交流館「神選」
神子畑選鉱所跡にある公共施設。 施設内では観光案内や情報発信、ミュージアムショップなどがある。 2020年、開館。 2001年、高齢者福祉施設「神子畑いろりハウス」として建設。 明延鉱山と神子畑選鉱場のつながりを説明するジオラマ(縮尺500分の1)が保存、展示。
明延一円電車
明延鉱山は752年に開眼した奈良・東大寺の大仏を鋳造するための銅を献上とも。 明治時代、但馬地域に位置する明延・神子畑・中瀬などの鉱山は生野鉱山を本部とする明治政府の直営鉱山となった。 宮内省御料局の所管となり、生野鉱山群と佐渡鉱山群も三菱合資会社に移管。 明延鉱山で錫の鉱脈を発見、三菱による近代鉱山としての開発が開始。 その規模は東洋最大ともいわれ、1987年の閉山時には日本国内のシェアは9割。 明延の地下約1000mまで掘り下げられ、現在も良質の錫鉱脈と日本一の埋蔵量とも。 明延鉱山で採掘した鉱石は、約6km離れた神子畑選鉱場に明神電車で輸送し、銅・銀・錫などの金属に分離。
シックナー跡
明治時代、但馬地域に位置する明延・神子畑・中瀬などの鉱山は生野鉱山を本部とする明治政府の直営鉱山となった。 宮内省御料局の所管となり、生野鉱山群と佐渡鉱山群も三菱合資会社に移管。 明延鉱山で錫(すず)の鉱脈が発見され、三菱による近代鉱山としての開発が開始。 その規模は東洋最大ともいわれ、1987年の閉山時には日本国内のシェアの90%を占めていた。 明延の地下約1000mまで掘り下げられ、現在も良質の錫鉱脈と日本一の埋蔵量とも。 液体中に混じる固体粒子を分離する装置「シックナー」で、大きさは約30m、約16mなど。
ムーセハウス写真館(旧神子畑鉱山事務舎、ムーセ旧居)
博物館「ムーセ旧居資料館」、写真美術館「ムーセハウス写真館」、旧神子畑鉱山事務所。 明治時代、生野鉱山で働く外国人技術者のために、5棟の宿舎が建設。 当地は1872年、フランス人技師ムーセの住居として使用。 1880年、ムーセの帰国後、神子畑に移築され、事務所兼診療所として利用された。 現在、神子畑鉱山、神子畑選鉱場などの資料展示を行うムーセ旧居資料館、写真家織作峰子の作品を展示する写真美術館ムーセハウス写真館。
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