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神仏巡り❁京都市右京区・西京区【随時更新】

神仏巡り❁京都市右京区・西京区【随時更新】

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神仏巡り❁京都市右京区・西京区【随時更新】

神仏巡り好きの筆者の、個人記録です。 ご興味のある方はぜひ😌✨

  • 京都最古の寺院。 創建:推古天皇11年(603) 山号:蜂岡山 宗派:真言宗 本尊:薬師如来、聖徳太子 開基:秦 河勝(はたの かわかつ) 中国から渡来した秦氏の氏寺。 国宝の弥勒菩薩半跏像を蔵することで知られ、聖徳太子信仰の寺でもある。 『日本書紀』によれば、渡来氏族の秦河勝が聖徳太子から与えられた仏像を本尊にして創建したとされる。

    • 楼門

      楼門

      【 秦氏⠀】 中国から渡来し、葛野郡(現・京都市右京区南部・西京区あたり)を本拠としていた。 養蚕、機織、酒造、治水などの技術をもった一族であった。 ◎秦氏関係の神社 ①木嶋坐天照御魂神社(蚕の社)…広隆寺近く ②梅宮大社…右京区梅津 ③松尾大社(ともに酒造の神)…西京区嵐山

    • 楼門

      楼門

      元禄15年(1702)建立の楼門。 とっても立派な楼門✨

    • 講堂 屋根瓦

      講堂 屋根瓦

      楼門をくぐって右手側。 講堂は、永万元年(1165)の再建。 講堂への入堂はできません。 屋根の鬼瓦がかわよい。

    • 本堂   2度の全焼

      本堂 2度の全焼

      【 本堂の歴史⠀】 弘仁9年(818年)の火災で全焼 創建当時の建物は残っていない。 承和3年(836年) 住職に就任した道昌(空海の弟子)は焼失した堂塔や仏像の復興に努め、広隆寺中興の祖とされている。 久安6年(1150年)の火災で再度全焼 比較的短期間で復興し、永万元年(1165年)に諸堂の落慶供養が行われている。 現存する講堂は、万元年に完成した建物の後身と考えられている。

    • 本堂

      本堂

      上宮王院太子殿(じょうぐうおういん たいしでん) 享保15年(1730)の建立。 入母屋造(いりもやづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の宮殿風建築。 本尊の聖徳太子立像が安置されてます。 秘仏で、毎年11月22日(太子の命日)に開扉されます。 聖徳太子が秦河勝に仏像を賜った33歳時の像とされます。

    • 本堂の右端(東)

      本堂の右端(東)

      手前の象形の柱、趣ある額たち✨

    • 本堂の正面

      本堂の正面

      青銅には龍が。

    • 本堂の左端(西)

      本堂の左端(西)

      この眺め、ショット、好き😍

    • 本堂の左端 外側

      本堂の左端 外側

      本堂の左側(西)の通路に沿って、さらに奥へ。 「聖徳太子」等の名前を見るだけで趣感じます。

    • 桂宮院

      桂宮院

      上宮王院太子殿から西に進んだ境内のはずれにあります。 建長3年(1251)に中観上人が聖徳太子を祀るために再興したとされます。 拝観できません。

    • 本堂の裏

      本堂の裏

      ちょっとした空間が趣ある。

    • 霊宝館へ

      霊宝館へ

      ここからは拝観料が必要。 いざ!

    • 霊宝館

      霊宝館

      境内北に、仏像を中心として広隆寺の文化財を収蔵展示する霊宝館があります。

    • 十善戒

      十善戒

      霊宝館への順路途中にあります。 これを読んで、自分自身を見つめる機会に🌷

    • 新霊宝館と庭

      新霊宝館と庭

    • 新霊宝館

      新霊宝館

      昭和57年に建設。 弥勒菩薩半跏思惟像二体、不空羂索観音像(ふくうけんさくかんのんぞう:天平時代作)、十一面千手観音像(平安時代作)、十二神将像、阿弥陀如来坐像、聖徳太子半跏像などを間近に見ることができます。 ★広隆寺に行ったら必ず行くべき!!★ 拝観料が安く感じる程の圧倒的な異空間!! 息を呑むほどの神聖な空間🌱 木造弥勒菩薩半跏像(国宝) 木造阿弥陀如来坐像(国宝)など

    • 新霊宝館前のお庭

      新霊宝館前のお庭

      手入れが行き渡り、美しい✨

    • 本堂裏

      本堂裏

      新霊宝館からの帰路。 桜と本堂のマッチが美しい✨

  • 創建:奈良時代 774年    →近隣にある神護寺の別院(隠棲修行の場所) (実質は鎌倉時代 1206年) 山号:栂尾(とがのお)山 宗派:真言宗 単立 本尊:釈迦如来 開基:明恵(みょうえ)上人 (実質の開基)

    • 裏参道

      裏参道

      裏手の駐車場・バス停から境内に入る道。 苔に覆われた石垣と草木の中をつづら折にのぼっていく。 一木一草をそのままに、手を入れすぎない自然が美しい。

    • 国宝 石水院へ

      国宝 石水院へ

      【 石水院⠀】 創建当時(1202)、石水院は金堂の東にあった。 安貞2年(1228)の洪水で石水院は亡ぶ。 明治22年(1889)に現在地へ移築され、住宅様式に改変された。 名をかえ、役割をかえ、場所をかえて残る、明恵上人時代の唯一の遺構。

    • 石水院

      石水院

      石水院の門を入ると、目の前にある小さい扉。 この奥に、石水院の庭が広がっています。 この小さな扉を横目に、石水院の入り口へ。

    • 石水院の入り口

      石水院の入り口

      社務所 兼 石水院の入り口。 いざ!

    • 石水院入り口の横に。

      石水院入り口の横に。

      【 明恵上人⠀】 1173-1232年 八歳で父母を失い、高雄山神護寺の文覚について出家。 東大寺で華厳を学ぶ。 勧修寺の興然から密教の伝授を受ける。 建永元年(1202)後鳥羽院より栂尾の地を賜り、高山寺を開く。

    • 社務所↔石水院  渡り廊下

      社務所↔石水院 渡り廊下

      【⠀明恵上人 】 明恵の教学…華厳を基礎として、真言密教を融合した厳密(ごんみつ)と呼ばれる独自の宗教観。 実践的な修行を重んじ、中でも仏光観と光明真言とが重視される。 釈迦、仏眼仏母、文殊、弥勒、春日明神などに深い信仰を寄せていた。 →高山寺の宝物が多岐にわたることは、明恵の信仰の多様性に起因するといえる。

    • 石水院の庭

      石水院の庭

      石水院の廂の間(ひさしのま)から撮った、庭の写真。 善財童子像のいる廂の間は撮影禁止のため断念😢 【⠀廂の間 】 かつて春日・住吉明神の拝殿であったところで、正面には神殿構の板扉が残る。 欄間に富岡鉄斎筆「石水院」の横額がかかる。 落板敷の中央に、小さな善財童子(ぜんざいどうじ)像が置かれている。華厳経にその求法の旅が語られる善財童子を明恵は敬愛し、善財童子の木像を置いたという。

    • 鳥獣人物戯画

      鳥獣人物戯画

      高山寺を代表する宝物。 現状は甲乙丙丁4巻からなる。 甲巻…擬人化された動物 乙巻…実在・空想上を合わせた動物図譜 丙巻…前半が人間風俗画、後半が動物戯画 丁巻…勝負事を中心に人物を描く。 甲巻が白眉とされ、動物たちの遊戯を躍動感あふれる筆致で描く。 甲・乙 平安時代後期の成立 丙・丁 鎌倉時代の制作 鳥羽僧正 覚猷(かくゆう)の筆と伝えるが確証はなく、作者未詳。

    • 相撲

      相撲

  • 創建:1461年(寛正2年) 山号:大亀山 宗派:臨済宗天龍寺派 寺格:天龍寺塔頭(たっちゅう) 本尊:十一面観音 開基:細川頼之 【宝厳院の歴史】 室町幕府の管領であった細川頼之公の財をもって、聖仲永光禅師を開山に迎え創建。 創建時は、現在の京都市上京区の位置にあり、広大な境内を有した寺院であった。 応仁元年(1467)~文明9年(1477年)までの約10年間にわたって継続した応仁の乱により、宝厳院もまた焼失。 その後変遷を経て、天龍寺塔頭弘源寺境内に移転。 2002年現在地(旧塔頭寺院跡)に移転再興。

    • 大亀山 宝厳院

      大亀山 宝厳院

      【塔頭(たっちゅう)とは】 禅宗寺院で、祖師や門徒高僧の死後、その弟子が師の徳を慕い、大寺・名刹に寄り添って建てた塔(多くは祖師や高僧の墓塔)や庵などの小院。

    • 宝厳院 山門

      宝厳院 山門

      【日本の塔頭の歴史】 開山など、禅寺にとってとりわけ重要な人物の墓所。 ↓ 墓所だけでなく高僧が住んでいた小庵やゆかりのある地に、その偉業を後世に伝えるために設立。 ↓ 安土桃山時代…各地の大名が自身が教えを受ける僧の隠居所を寄進して小寺院と称する例が増え、これらも後に塔頭とされた。 ★塔頭は由来に示すとおり、塔頭由来の師の門徒の格別の崇敬を集め、実質的にはその門派の独立した一寺として発展。

    • 獅子吼(ししく)の庭

      獅子吼(ししく)の庭

      庭園「獅子吼の庭」 室町時代に中国に二度渡った禅僧、策彦周良禅師によって作庭。 嵐山の景観を匠に取り入れた借景回遊式庭園です。 ★春・秋の特別拝観日のみ一般公開★ ★「獅子吼」…「仏が説法する」の意味。 庭園内を散策し、鳥の声、風の音を聴く事によって、人生の心理、正道を肌で感じ、心が大変癒する庭。

    • 瀧門瀑(写真  真ん中奥)

      瀧門瀑(写真 真ん中奥)

      中国の故事にある「登龍門」の由来である「鯉が三段の滝を登って将に龍に化す様」を現しており、鯉が死を賭してまで龍になるべく努力する様子にならって、修行僧が観音の知恵を得る(悟る)まで、努力をしなければならないことを、借景回遊式庭園のなかで表現している。

    • 植物

      植物

      【ひとつ上の庭園全体説明】 須弥山を表す築山、その前に人生を表す苦海(空池)。 対岸に「雲上三尊石」。 苦海の中庭には「此岸」から「彼岸」に渡る船石、仏の元へ渡る獣石が配置。 左奥に「登竜門」より「龍門の滝」がある。滝壺の中に鯉魚石を配置し、修行の厳しさを表現。

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      この突き当たりを右へ。すると…

    • 無礙光堂(むげこうどう)

      無礙光堂(むげこうどう)

      無礙光堂が見えてきます。 永代供養堂とも言います。

    • 無礙光堂の正面

      無礙光堂の正面

      【永代供養とは】 お寺が永代に渡りその方の遺骨や位牌をお祀りし、亡くなられた方を供養することを指す。 少子化、高齢化でお墓を継承することも困難になりつつ有る現代社会において、永代供養をされる方も増えてきているよう。

    • 宝厳院 本堂

      宝厳院 本堂

      【宝厳院本堂】 平成20年の創建。 ◎本尊…十一面観世音菩薩。 ◎脇仏 ①三十三体の観世音菩薩 ②足利尊氏が信仰したと寺伝にある地蔵菩薩像 西国三十三所巡りに等しい功徳があると伝えられている。 ◎襖絵「風河燦燦三三自在」 田村能里子画伯筆の作品。 58枚の朱色の襖絵。朱色は命が宿り燃えている色。 描かれた33人の老若男女は、脇仏に同じく観音様が衆生を救うために現世に現れる姿とされる。

    • 書院

      書院

      【書院】 大正8年に創建。 大正から昭和初期の数寄屋建築の黄金期に建てられたなかでも、近代数寄屋建築の礎となる建物。 書院の前には小川が流れ、風情あり😌💭

    • 書院から本堂の図

      書院から本堂の図

      水の音、小鳥のさえずり、そよ風で木々が踊る音、木漏れ日… 癒されます😌🌷

    • 碧岩は

      碧岩は

      【碧岩】 2億年前の海底に堆積した微生物やプランクトンが水圧で圧縮されて出来た「岩石(チャート)」。 大堰川上流、有栖川上流、龍安寺の山手より産出。 硬度の高い岩石で7番目に準拠する。(ダイヤモンドは10) パワーストーンとしても有名。

    • 新緑

      新緑

      美しい〜🌱✨

    • 獅子岩

      獅子岩

      【獅子岩】 碧岩と同じで、石質は「岩石(チャート)」。 獅子の顔をしているところから、獅子岩と命名されている。

    • 苔と羅漢

      苔と羅漢

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

    • 茶席「青嶂軒(せいしょうけん)」

      茶席「青嶂軒(せいしょうけん)」

      書院と同様にも大正時代の建物で、近年に修復。 コロナの影響か、やっておらず…。

    • 嵐山羅漢

      嵐山羅漢

      【羅漢とは】 釈尊の弟子で崇高な修行者「悟りを得た人」を意味する。 「五百羅漢」を天下の景勝地・嵐山に建立する事により、人類の安心立命と嵐山の守護・景観保全を祈念するとともに、有縁無縁の菩提を弔うもの。

    • 嵐山羅漢

      嵐山羅漢

      山門の外にあるため、通りすがりの人をも魅了します✨

  • 正式名:覚雄山 大福田宝幢禅寺 鹿王院 創建:1380年(康暦2年) 山号:覚雄山 宗派:臨済宗系単立 本尊:釈迦如来 開基:足利義満 開山:春屋妙葩(普明国師 義満の師) ◎ 宝幢寺 創建のきっかけ 康暦元年(1379年)のある夜、足利義満は「そなたは今年中に大患をわずらうが、宝幢如来を祀る伽藍を建立すれば寿命が延びるであろう」との夢告を受けた。

    • 山門

      山門

      【鹿王院の歴史】 鹿王院は、足利義満が建立した宝幢寺という寺の塔頭(禅寺等で歴代住持の墓塔を守るために建立される寺院)であった。 宝幢寺は応仁の乱で廃絶し、その後は開山の塔頭であった鹿王院のみが残って寺籍を継いでいる。 鹿王院は寛文年間(1661年 - 1673年)、酒井忠知(徳川四天王の一人である酒井忠次の子)によって再興。 忠知の子である虎岑玄竹(こしんげんちく)が中興開山となった。

    • 総門をくぐると…

      総門をくぐると…

      山門から中門までは、天台烏薬などの銘木が植えられている。 総門をくぐると、新緑のトンネルが美しい🌱✨ 【山門】 切妻造、本瓦葺き。 創建時に近い南北朝時代の建立と推定。 義満の筆「覚雄山」の扁額がかけられている!✨ 一休和尚も、12才の頃、この山門をくぐったそう。

    • 中門

      中門

    • 中門

      中門

      中門の奥にお庭が見えて、奥の世界に想像が膨らみます😌💭✨

    • 中門をくぐると、前庭

      中門をくぐると、前庭

      ほーー

    • 前庭

      前庭

      まっすぐ歩き、拝観料を収めて、中へ。 行ってみよう!!

    • 舎利殿と本庭

      舎利殿と本庭

      【本庭】 本庭は舎利殿前に広がる、嵐山を借景とした庭園。 苔で覆われ、石組と植え込みを配した平庭式枯山水庭園である。

    • 客殿

      客殿

      正面に足利義満筆の扁額「鹿王院」が掲げられている。客殿の裏は後庭で、茶庭と茶室「芥室」がある。

    • 庭園

      庭園

      前庭、本庭、後庭で構成される。 本庭は舎利殿前に広がる、嵐山を借景とした庭園で、苔で覆われ、石組と植え込みを配した平庭式枯山水庭園である。 室町時代の石組や樹齢400年の木斛の銘木がある。舎利殿が建立された宝暦13年(1763年)頃の造園と推定される。

    • 足利義満筆!!

      足利義満筆!!

      足利義満筆の扁額「鹿王院」✨ こんなに近くで見られるなんて…🥺💕

    • 客殿から本殿へ

      客殿から本殿へ

      客殿から本殿、舎利殿へ向かいます! 瓦敷の歩廊です。

    • 舎利殿と本庭

      舎利殿と本庭

    • 歩廊の右側

      歩廊の右側

      この奥に茶庭と茶席があると思われます。 立ち入り禁止でした。

    • 本堂前から客殿を

      本堂前から客殿を

      歩廊を進むと、まず本堂にたどり着きます。

    • 舎利殿と松

      舎利殿と松

      【本堂(開山堂)】 延宝4年(1676年)の建立。 本尊 釈迦如来坐像を安置する仏殿。 開山 春屋妙葩の塔所でもある。 本尊像のほか、 ・普明国師(春屋妙葩)像…開山 ・足利義満像…開基 ・虎岑和尚像…中興の開山 などを安置する。国師像の真下に宝篋印塔がある。 運慶作の釈迦及十大弟子も祀られる。 ※写真撮影禁止エリア!!

    • 舎利殿

      舎利殿

      【舎利殿】 宝暦13年(1763年)の建立。 堂内の厨子には、源実朝が宋から将来したと伝えられる仏牙舎利を安置した多宝塔を安置する。 普段は非公開!! だが、この仏牙舎利が日本の博多に無事着船したのが10月15日であったため、その日を「舎利会」(しゃりえ)と定め、特別公開している。 ※写真撮影禁止エリア!!

    • 客殿

      客殿

      帰ろうか。 いやー、いい所だった。 自分以外に人が居なくて、尚、ゆったりできてよかった。 ※仏教研修のため、女性の禅道場が開設されています🌱

  • 京都最古の神社。 創建:701年 太古、この地方一帯の住民が松尾山の神霊を祀って、生活守護神としたのが起源。 御神祭:大山咋神(おおやまぐいのかみ)     市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)

    • 二の鳥居

      二の鳥居

      【⠀御由緒 】 5世紀頃、朝鮮から渡来した秦(はた)氏がこの地に移住 ↓↓↓ ①山城・丹波の両国を開拓し、河川を治めた →農林産業を興した! ②松尾の神を氏族の総氏神と仰いだ →文武天皇の勅命により、 この地に社殿を創建(701年)

    • 楼門

      楼門

      【 皇城鎮護の社⠀】 秦氏の富と力により、奈良→平安京、長岡京に都が移ったとされる。 →平安時代、松尾大社に対する皇室のご崇拝は厚かった。 →正一位の神階を受けた →加茂両社と共に皇城鎮護の社とされた。

    • 一ノ井川と石橋

      一ノ井川と石橋

      楼門をくぐると、木々の緑と山吹の黄色が美しく、山際の自然の香りが気持ちいい〜😌✨

    • 一ノ井川の山吹

      一ノ井川の山吹

      山吹 4-5月初旬に境内一円に美しく咲き乱れます。 松尾大社は、山吹の名所でもあります。

    • 歴史的風土保護地

      歴史的風土保護地

      【⠀御祭神 】 ① 大山咋神(おおやまぐいのかみ) 山の上部に鎮座され、山一帯を支配する大主(神)。 比叡山と松尾山を支配している神てあったと言われている。 ②市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) 福岡県の宗像大社に祀られている三女神の一神。 古から、海上保護の霊徳を仰がれている神。

    • 手水舎

      手水舎

      霊泉の亀の井がある松尾大社ならではの、手水舎。 山吹に囲まれている手水舎ということもあり、水がとても綺麗に感じます。

    • 亀さん

      亀さん

    • 拝殿

      拝殿

      ここで行われる祭儀を見てみたい…💭

    • 本殿

      本殿

      【 本殿⠀】 現在の本殿は 室町時代初期(応永初年)に建造→天文11年に大修理 【⠀松尾造り 】★重要文化財に指定★ 屋根が両流造りで、千木・鰹木を置かず、箱棟の両端が唐破風型となっている。

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      藁で作られた亀がおります🐢💕

    • 相生の松

      相生の松

      ご神木として人生を全うした、相生の松。

    • 有料ゾーンの松風苑へ!

      有料ゾーンの松風苑へ!

      本殿から続く釣殿・中門・回廊は、 神庫・拝殿・楼門と共に、江戸時代の建築。 【⠀松風苑 】 3つの庭は、明治以後の現代最高の芸術作品とされる。 昭和の庭園学の第一人者、重森三玲氏が創作。 庭に用いた200個あまりの石は、全て徳島・香川・愛媛の緑泥片岩(りょくでいへんがん)。 ◎重森三玲氏 伝統を重んじながらも、現代的な表現を目指した。 終生の目標「永遠のモダン」

    • 曲水の庭

      曲水の庭

      【⠀曲水の庭 】平安風 松尾大社が最も栄えた平安時代を、現代風に表現。 奈良・平安時代に造られた曲水式庭園を思わせる構成の庭で、空間上部には開放感があります。 和歌を詠む平安時代の人々が、目に浮かぶよう…。

    • 上古の庭

      上古の庭

      【⠀上古の庭 】磐座(いわくら)風 存在感のある岩々は、「神々の意思によって据えられたものである」と、三玲氏は説明している。 神々を巨石によって象徴している。 神秘的で厳格な雰囲気✨

    • 松尾山と霊亀の滝

      松尾山と霊亀の滝

      社殿背後の松尾山も、境内に含まれます。 夏でもここは涼しい〜空気が美味しい🌷

    • 霊亀の滝

      霊亀の滝

      この滝の近く(手前)に「亀の井」という霊泉があります。 ★霊泉の水 = 酒に混ぜると腐敗しない★ →醸造家は、この水を酒の元水として混和する →近世以降…醸酒祖神として、全国の酒、味噌、醤油、酢等の製造者から格別な崇拝を受ける。 ★霊泉の水 = 延命長寿、よみがえりの水★

    • 天狗

      天狗

      霊亀の滝の岩に、天狗がいると言われてます。 マーキングしました! 天狗さん、見つけましたか??😉

    • 神使の庭

      神使の庭

      秋ではないのに紅葉が… ちょっとした空間なのに、風情があります✨

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      亀さんと鯉さん

    • 蓬莱の庭

      蓬莱の庭

      【⠀蓬莱の庭 】鎌倉風 昔、中国人が、「不老不死の島がある」と考えたのが「蓬莱の島」。 池泉回遊式庭園で、蓬莱の世界を表しています。 池は、鶴が飛んでいる姿になっていると言われてます。 三玲氏の遺志を継ぎ、長男が完成させた。 親子合作の庭園。 池には、大きさも色も揃った、綺麗な鯉が泳いでいます𓆝𓆟𓆜𓆞‬

  • 創建:1189年(文治5年) 御祭神:清原頼業(寶壽院殿、車折明神) アメノウズメ 社格:村社⇒単立 ★芸能神社が有名★ 【歴史】 頼業が文治5年(1189年)に亡くなると、清原家の領地であった現在の鎮座地に廟が設けられた。

    • 芸能神社

      芸能神社

      【芸能神社】 天宇受売命(あめのうずめのみこと)を祀っている。芸能・芸術の分野で活動する人々より崇敬を受けている。 ※ 天宇受売命 日本神話において、天照大神が天の岩戸にお隠れになった際、演舞を披露することによって大いに貢献した女神様。 芸能人・著名人が奉納した玉垣がたくさん😳✨ 芸能・芸術の神として信仰があり、人気を得たい人にはもってこいの神社ですね!

    • 芸能神社

      芸能神社

      名だたる著名人… 玉垣は『奉納料:13000円』を払えば申し込み可能。 2年間の掲載。

    • 鳥居

      鳥居

      【社名の「車折」の由来】 説① ある人が牛車に乗ったまま社前を通った所、突然車が裂けてしまったため。 説② 後嵯峨天皇の大堰川遊幸の際、社前で突然車が前に進まなくなったので、不思議に思って社の者に問うた所、頼業公を祀ると答えがあったので、還御の後に「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈ったため。

    • 手水舎

      手水舎

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      6月下旬に茅の輪を設置する神社が多い中、こちらではひと足早く6月1日から設置されます。 6月の風物詩といえば、半年の罪・ケガレを祓い、残り半年の無病息災を祈願する「夏越の祓(なごしのはらえ)」。 境内や鳥居の下などに茅(ちがや)の大きな輪が設けられ、八の字を描くように“茅の輪(ちのわ)”をくぐることで厄が落ち、身が清められる。 その起源は1000年以上遡るという。

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      【御祭神の清原頼業】 学問で有名な広澄流 清原氏の出。 平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。 大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。

    • 本殿

      本殿

    • 本殿の天井

      本殿の天井

    • 祈念神石

      祈念神石

      願いが叶った際にはお礼参り🌷 ①海、山、川、自宅・・などで石を1つ拾う or 社務所で販売されている「祈念神石」でお願いをした場合にはこの石を。 ⇒②その石にお礼の言葉を書く ⇒③神社に納め、古札納所に納める 一つでも願いが叶った時点で、お守りとお礼の石を返納する。

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      この祈念神石には神主さんがお祓いをした石が入っており、「願い事をかなえるパワーストーン」と言われています。

    • 八百萬神社

      八百萬神社

      人脈拡大の御利益。

    • 長い参道

      長い参道

      参道の脇に、末社が並びます。

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      【神明神社】 天照大神を祀る神社。 伊勢神宮内宮を総本社とする。 【天満天神社(そらみつあまつかみのやしろ)】 天満大神を祀る神社。

    • 弁天神社

      弁天神社

      御祭神…弁天様(市杵島姫命) 弁天様は、琵琶を持った美しい天女の姿をしており、水辺に祀られることが多い神様。 美運・金運どちらも叶えてくださる😳💕

    • 裏

      裏側には、嵐電 車折神社駅があります。

  • アプリで地図を見る
  • 創建:987年(寛和3年) 山号:五台山 宗派:浄土宗 寺格:(不明) 本尊:釈迦如来 開基:奝然 開山:盛算(じょうさん)(奝然の弟子) ☆源融公 に縁のあるお寺☆ 紫式部『源氏物語』の主人公光源氏の実在モデルの有力候補といわれる。 ☆嵯峨大念佛狂言☆ (国指定重要無形民俗文化財) すべての役者が面をつけ、台詞がなく、身振り手振りだけで芝居が進行する点に大きな特徴がある。 鎌倉時代に、円覚上人が庶民に教義を説く為に作られたとされる。すでに500年近い歴史がある。 (毎年4月に開催。)

    • 仁王門

      仁王門

      【仁王門】(京都府指定文化財) 1784年(天明4年)再建。 1796年(寛政8年)瓦葺工事。 全体的に和様と禅宗様を折衷したもの。 初層には室町時代の仁王像、上層には十六羅漢像を祀る。 ケヤキ造りの二階二重門。 嵯峨野のちょうど真ん中に位置し、すくっと立つ姿は「嵯峨野の顔」と称される。

    • 金剛力士像

      金剛力士像

      室町時代作。 綺麗な瞳。力強い赤い身体。

    • 仁王門の裏

      仁王門の裏

      門の彫りを見るのが好きです💕 【清凉寺の歴史】 阿弥陀三尊を本尊とする棲霞寺(せいかじ) 釈迦如来を本尊とする清凉寺 ⇒この2つの寺院が関係している。 この地にはもともと、嵯峨天皇の皇子・左大臣 源融(822年 - 895年)の別荘・栖霞観(せいかかん)があった。 ※ 源融公 紫式部『源氏物語』の主人公光源氏の実在モデルの有力候補といわれる。

    • 仁王門を抜けると

      仁王門を抜けると

      【つづき】 寛平8年(896年)源融の一周忌。 融が生前に造立発願して果たせなかった阿弥陀三尊像を子息が造り、これを安置した阿弥陀堂を棲霞寺と号した。 天慶8年(945年) 重明親王妃が新堂を建て、等身大の釈迦像を安置した。 棲霞寺草創から数十年後。 中国・宋に渡り、五台山を巡礼した奝然(ちょうねん)という僧がいた。 985年、奝然は現地の仏師に命じて1体の釈迦如来像を謹刻させた。

    • 多宝塔と法然上人求道青年像(24歳  法然上人の像)

      多宝塔と法然上人求道青年像(24歳 法然上人の像)

      【つづき】 その釈迦像は、 ①釈迦の在世中に造らせたという由緒を持つ霊像を模刻したもの。 ②「インド - 中国 - 日本」と伝来した。 ⇒「三国伝来の釈迦像」 釈迦に生き写しとされ「生きているお釈迦様」と呼ばれている。 奝然は、永延元年(987年)日本に帰国。 京都の愛宕山を中国の五台山に見立て、愛宕山麓にこの釈迦如来立像を安置する寺を建立しようとした。

    • 仁王門と法然上人

      仁王門と法然上人

      【つづき】 都の西北方にそびえる愛宕山麓の地に拠点となる清凉寺を建立することで、相対する都の東北方に位置する比叡山延暦寺と対抗しようとした。 しかし延暦寺の反対にあい、その願いを達しないまま長和5年(1016年)奝然は没した。 彼の遺志を継いだ弟子の盛算(じょうさん)が、棲霞寺の境内に建立したのが、五台山清凉寺。

    • 多宝塔

      多宝塔

      【多宝塔】(京都府指定文化財) 1700年(元禄13年)江戸・護国寺で、釈迦如来像の出開帳が催された。 この時の寄進により、江戸で造られたという。 部材は廻船により運ばれ、1703年(元禄16年)に清凉寺の境内に建立された。 四季折々の姿が美しい😍 桜、新緑、紅葉、雪と撮影する人が多い!

    • 本堂(釈迦堂)(京都府指定文化財)

      本堂(釈迦堂)(京都府指定文化財)

      【本堂(釈迦堂)】 御本尊・三国伝来 生身釈迦如来像(国宝)を安置する。 945年(天慶8年)重明親王妃が栖霞寺の寺域に新堂を建立し、藤原氏に寄進した。 その時、等身大の釈迦像を安置した。(釈迦堂の名前の由来) 度重なる焼失 ⇒徳川五代将軍 綱吉・生母 桂昌院の発願&住友吉左衛門の援助 ⇒元禄14年(1701)年 再建 ★堂内の宮殿は華麗豪壮✨

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      【 御本尊・三国伝来 生身釈迦如来像】(国宝) 日本三如来の1つに数えられる屈指の霊像。 三国伝来(インド⇒中国⇒日本)の生身のお釈迦様とされる。 その尊像は釈迦37歳の生き姿を刻んだもの。 尊像が模刻された時、5人の中国尼僧により、釈迦如来像体内に絹で作られた五臓六腑などが施入された。 ⇒中国において、千年以上も昔から、人間の身体の構造を理解していたことを示す貴重な資料✨

    • スポット内のおすすめ

      スポット内のおすすめ

      参拝した当日は、ちょうどご開帳されていて、生で拝ませて頂きました😌👏✨ 運が良かったです!

    • 黄檗隠元禅師 筆による「栴檀瑞像」

      黄檗隠元禅師 筆による「栴檀瑞像」

      宮殿裏には、古カン(石ヘンに間)筆による「釈迦堂縁起」の一部を拡大した大壁画がある。 また本堂正面 楣上には黄檗隠元禅師筆による「栴檀瑞像(せんだんずいぞう)」の大額が掛ってある。

    • 本堂北  回廊

      本堂北 回廊

      は〜💕

    • 鐘楼、梵鐘

      鐘楼、梵鐘

    • 弁天堂(摩尼殿)

      弁天堂(摩尼殿)

      【弁天堂】 建築年代は江戸末期ごろと推定。 本堂の北の池に面して建っている。 まわりは池遊式庭園。

    • 方丈前庭

      方丈前庭

      【方丈前庭】 枯山水式。小堀遠州作とされる。 苔地に方形の飛石、切石、奥に石が配され植栽がある。 旧大方丈は寛永14年(1637)に消失。 現在のものは享保年間(1716-1735)の造営。 寛永14年の類焼以前のものは六つで早世した徳川家康の息女一照院の位牌所として、家康&実母のおちかの方の寄進になるもの。

    • 旧大方丈  の中

      旧大方丈 の中

      襖絵

    • 阿弥陀堂

      阿弥陀堂

      【阿弥陀堂】 文久3年(1863年)の再建。 本堂の東に位置する。 嵯峨天皇の皇子 左大臣 源融が山荘・棲霞観(せいかかん)を建て、後に棲霞寺と改めましたが、これが阿弥陀堂の始まり。

    • 旧大方丈  を  阿弥陀堂側から。

      旧大方丈 を 阿弥陀堂側から。

      小さな庭園の間に小道があります。

    • 一切経蔵

      一切経蔵

      【一切経蔵】 徳川中期に建立。 ふ大士&笑仏を祀る。 輪蔵に明版一切経を収めて、回す。 ⇒一切経を読んだのと同じ功徳があるとされる。 ※輪蔵 回転式書架のこと。経蔵の一種。 ※一切経 釈迦の教説と関わる、経・律・論の三蔵、その他注釈書を含む経典の総称。大蔵経(だいぞうきょう)。

    • 鐘楼

      鐘楼

      江戸時代のもの。 梵鐘(京都府指定文化財) 文明16年11月吉日(1484年)の日付&寄進者& 足利義政・日野富子・征威大将軍 義尚・堺の商人 の銘がある⇒有名✨ 『嵯峨十景』のひとつ『五台の晨鐘』がこれ!!

    • 豊臣秀頼公の首塚

      豊臣秀頼公の首塚

      昭和55年 大阪城の三の丸跡地の発掘現場から豊臣秀頼公の首を出土。 昭和58年 秀頼公再興の由緒をもつ清凉寺に納められた。 首には介錯の跡がある、とされる。 ※豊臣秀頼公 豊臣秀吉の三男。 秀吉の側室であった茶々(淀殿)の第二子。 秀頼は淀殿らと共に自害した(満21歳没)と伝えられている。 (毎年5月8日 豊臣秀頼公忌) 境内には他にも、開山 奝然上人・源融公・嵯峨天皇の墓があります。

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