京都・山科の古刹で花と静寂に出会う
京都京都・山科の古刹で花と静寂に出会う
京都市の東、歴史深い史跡が多く点在する山科のスポットをご紹介します。京都市内でも市街地から遠く離れた山科区はいつも通過するだけの地…だったのですが、今回の訪問でその概念は打ち砕かれました!これからの季節、訪れるのに最適な隠れスポットです。京都にお立ち寄りの際にぜひどうぞ(^_-)-☆
梅が見たくて訪れたのですが、少し時期が早くちらほら咲き。あぁ…残念…と思っていたのもつかの間。見どころたっぷりの境内に時間が過ぎるのも忘れ感じ入って拝観させていただいてました。ここ随心院は、991年創建の小野にある真言宗善通寺派大本山の仏教寺院。開基は小野流の開祖と言われる仁海。ご本尊は如意輪観音。小野小町ゆかりの寺としても有名で小町の邸跡だったとされています。
寺宝の数々、惜しみなく
拝観料を納め庫裡から順路に沿ってゆっくりすすむと狩野派のバラエティー豊かな襖絵、障子絵が各部屋で見られます。絵画に詳しくなくてもその繊細さ、素晴らしさは十分に感じることができます。
新緑、紅葉、雪…四季をめでる庭園
磨きこまれた広い縁側から見る庭園。四季折々のその静謐な風景を眺めていると自然と気持ちが落ちついてきます。池の滝の音、小鳥のさえずり…他に聞こえるものはなし。本堂では本尊を含む仏さまがズラリ!一同に会してお見守り下さるお姿は圧巻!!
突如、モダンアート出現
熊の間の襖には極彩色の絵が!これは、若手アートユニット「だるま商店」が奉納した<極彩色梅匂小町絵図>。伝統を守りつつ新しいものを取り入れようとする心意気に拍手👏襖の奥には、多くの人びとから寄せられた文を下張りして作られた「文張地蔵尊」。小町晩年の姿と言われる「卒塔婆小町像」が。
「美しくなれますように…」思いを込めて
入り口付近にある絵馬奉納所。小町があしらわれた絵馬には女性の切なる思いがしたためられているものが多かった。
小町さんご愛用の井戸
梅園奥の竹林の片隅には小野小町の「化粧井戸」が。お化粧をする際、朝夕この井戸の水を使ったとか。
名勝・小野梅園
小野小町の「花の色は…」を彷彿させる230本の<はねず色(薄紅色)>の梅が咲き乱れる。見ごろは3月中旬。下旬には、小野小町と深草少将との恋物語(百夜通い)を題材にした「はねず踊り」が公演される。
こちらは大宅、京都橘大学の隣に鎮座する「岩屋神社」。創建は、仁徳天皇の時代と伝わり、天忍穂耳命、栲幡千々姫命辺、饒速日命の親子三神が祀られています。起源であった磐座信仰の元となる巨岩~陰岩、陽岩~が奥の院として本殿背後の大宅御所山中にそそり立つ。山科の一宮ということもあり、秋には七五三参りでにぎわいます。
山門のソメイヨシノ!
春にはライトアップされ夜桜が楽しめる。
「陰岩」
400mの坂道を上ったところにある奥の院には、あまり人が行かないようだがたどり着けばその価値は存分にあり!!
「陽岩」
こちらは「陽岩」
屋根の風見鶏、懐かしさを覚えるお店の看板…外観に一目ぼれして入った喫茶店。忠臣蔵でおなじみの大石神社からすぐにあります。ここは、時間を気にすることなくゆっくり自分と向き合うことのできる場所なのです。レトロで重厚な扉を開ければ「ただいま」とつぶやいてしまいそうになるのは私だけかな?
くつろぎ重視の暖かな店内
アンティークな調度品が素敵な店内。花の香りとテラスから差し込む光が心を和やかにしてくれますよ。奥の大きな暖炉がさらに暖かみを増しているのかも。
肉料理も充実(*^^)v
アメリカンサイズのケーキとドリンクのセットは950円。いつも友達とシェアしていただきます。サクサクのパイは絶品💛フードメニューも充実していて、特に数量限定の「自家製ローストビーフ」が最高!炭と薪でじっくり焼き上げた自慢の一品。サラダ、ライスとセットで2200円。
四季折々の庭の草木も見事
冬の終わりには私の大好きなミモザが咲き、イギリスの田舎にたたずむ洋館を彷彿させる。
ご存じ「大化の改新」を起こした中大兄皇子…のちの天智天皇が眠る地。ここ御陵~みささぎ~はこのご陵が地名の由来となっているんですね。
暗殺説も?!
「扶桑略記」には、中大兄皇子は馬で山科へ行ったところ行方不明となり、沓(くつ)だけが見つかったためそこにお墓を造ったとされている。しかし、「実は暗殺されたのでは…?」と言う見解も出てきているとか…。
日時計の碑
天智天皇が奈良の明日香に日本で初めて「漏刻~水時計」を作り、時刻制度を定めた人だそうです。それにちなみモニュメントが建立されました。ちゃ~んと時間がわかりますよ。
担々麺・胡<えびす>
山科駅近くにある人気の担々麺専門店。胡麻たっぷりのクリーミーなスープは辛さの中にも甘さがあり、あとを引くうまさ。 ランチ:11:30~15:00 ディナー:18:00~23:00
ガルーダコーヒー
生豆から自家焙煎して販売しています。好みに合わせたコーヒーをチョイスしてくれるこだわりよう。かわいいイラストが入ったドリップパックもありますよ。 11:00~17:00open
日蓮宗の大本山。鎌倉時代に鎌倉松葉ヶ谷で創建され、室町時代に京都へ移った格式のあるお寺です。久遠寺を「東の祖山」と言うのに対して本圀寺は「西の祖山」と呼ばれています。大きな梵鐘は豊臣秀吉の姉から寄進されたもので、鐘の下のお堂には「くみょうさま」と言う癌封じの神様が祀られています。
九頭竜銭洗い弁財天
財運祈願にご利益のある神様。金ピカの龍の口から流れる霊水で…
ザルに入れて洗います
お財布に入ってるお金を洗います!(ザルは寺務所で貸してくれるよ)洗ったお金は浄財袋に入れて持ち歩くと、金運に恵まれるそうです。紙幣もOK。
加藤清正公を祀る「清正宮」
本寺はせいしょこさん(清正公)の帰依が熱く 菩提寺でもあり、毛髪や歯が石室に納められています。
疎水沿いの遊歩道
お寺に続く朱塗りの欄干の橋の下は琵琶湖疎水。桜の季節は散った花びらが水面に浮かびとてもキレイ🌸道は、南禅寺まで続いていますのでそぞろ歩きもよろしいかと…。
滋賀県との境目、逢坂山にある鰻の老舗「かねよ」。看板には「日本一」と掲げられている。名物はきんし丼。卵3個分のだし巻がうな丼の上にドーンと乗っています。甘いタレがからみこれが不思議なことにどんどん食べれちゃうんです。
かねよ前の旧東海道
宿場町の面影を残すこの道は、かつて文化の中心だった京へといざなう東海道でした。
ゆくもかえるも逢坂の関
百人一首の蝉丸法師でおなじみの「これやこの ゆくもかえるもわかれては しるもしらぬも おうさかのせき」…かねよから東へ100m進むと建っている記念碑。東国から人やものが集中するわが国最大の交通の要所であり、京の玄関口として知られてきました。
関蝉丸神社<下社>
逢坂山は平安時代、琵琶の名手で歌人でもあった蝉丸が住んでいた土地で、没後、歌舞音曲・芸能の神として崇められここに祀られたと伝わる。こちらは下社。
参道を電車が走る
参道をナント!京阪電車が走っている?!
関蝉丸神社<上社>
こちらは上社。 実は「蝉丸神社」はもうひとつあるのです。分社にあたるのが「蝉丸神社」…ややこしい…。
今はなき峠の茶屋
明治初期までにぎわっていた茶屋は姿を消し、旧跡を日本画家の橋本関雪が購入。現在は臨済宗の「月心寺」となっています。名物だった「走り井餅」は、滋賀の銘菓、<湖舟>が伝統を受けつぎ作り続けています。
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紅葉し始めた毘沙門堂へ行ってきました。旧東海道から北へ折れ、琵琶湖疎水も越え 20分ほど歩いた先にあります。 天台宗五箇室門跡のひとつとされる古刹。大宝3年、行基による創建当時は、京都市の出雲路(上京区・御所の北あたり)にあったそうですが、寛文5年(1665年)にこの山科安朱に再建されました。後西天皇の皇子・公弁法親王が入られたことにより門跡寺院となりました。 山科の街を見下すように建っているお寺は、春の桜、秋の紅葉が見事!京都の中でも穴場的スポットというところでしょうか。写真の仁王門は再建時に建立されたそうです。ギロリと目力がハンパない仁王さんが守っていますよ。
勅使門
内側から撮影しました。周囲の木々の彩りが絵画の様で美しいです。 後西天皇から賜った御門で、檜皮葺きの総門になっています。天皇の行幸時にあけられていたそうで、現在は、晋山式の時以外は開けられないんですって。
門から見ると…
勅使坂です。紅葉の最盛期には、この坂に散りもみじが敷き詰められたようになり、まるで赤いじゅうたんの様なんですよ。
本殿
本殿だけなら拝観料なしでお参りできます。和様と禅宗様の折衷建築で江戸時代に徳川家綱によって建立されました。ご本尊は伝教大師一刀三礼の作と伝わる「毘沙門天」(秘仏)。商売繫盛、家内安全にご利益があります。 「常香盤」と呼ばれる抹香を線状に型押しして焚いていく台がとても珍しかったです。かつては燃え方で時を計っていたとか。
本殿裏の紅葉が見事!!
弁天堂の朱色が映え、様々な色に色づいた木々と共に一枚の絵のような景観を生みだしています。下の池には石造りの橋が架けられ、山茶花や、ドウダンツツジが植えられていました。 本堂から先の霊殿や宸殿の拝観は500円必要です。
池泉回遊式庭園「晩翠園(ばんすいえん」)」
江戸時代初期の作庭。正面に観音堂があり、心字の裏文字を形取った池だそうです。亀石や、石塔、座禅石などが配され、山の青と木々の紅葉がとても美しいお庭です。いつまでも見ていたくなる風景とはこの事だなと感じました。
石の手水鉢
池手前、水をたたえた石造りの手洗い鉢は、公弁親王が大変好まれたものだそうで鞍馬自然石でできているのだとか…。
廊下からもお庭が見渡せます
格子の昔っぽいガラス窓から見る先ほどのお庭です。真っ赤ではない紅葉がかえってキレイ。
あの「モナリザ」と同じ手法の襖絵
いくつかの間がある宸殿の内部には、障壁画がナント116画もあり、全て拝観できるのです。狩野探幽の弟子・益信が描いた中国の故事にちなんだ絵は「逆遠近法」が用いられ、移動しながら見ると動いているように見えるんです! 写真の机も位置によって形が変わっていました。アノ、「モナリザ」と一緒の手法なんだそうです。お見事!!
弁天堂
こちらの弁天さまは「不老弁才天(または、高台弁才天)」と呼ばれ、江戸時代に高台寺から遷されたそうです。 元は、豊臣秀吉の生母・大政所が大阪城内に祀っていた弁天さまなのだとか。白いもち肌の神さまでした。靴を脱いで階段を上がって拝めます。この階段辺りから見る紅葉も必見!
樹齢150年の枝垂桜
春には見事に咲くのだろうなぁ。宸殿前にある枝張りが30mもある「般若桜」。
毘沙門堂の塔頭の一院になる通称、山科聖天。建立は毘沙門堂と同じ寛文5年(1665年)で、当初は湖東三山・西明寺より迎えられた阿弥陀如来が安置されていたそうですが、明治元年に聖天堂が建てられ、門主の念持仏「大聖歓喜天」を賜ってご本尊とされ、願いの叶う「山科の聖天さん」として広く信仰されることになったという事です。
毘沙門堂から参道を通って行けます
竹林の間の参道を下るとすぐに見えてきます。山門は、草庵のような構えでこじんまりとしたお寺です。
冷たいお水でした
門をくぐってすぐのところに手水舎が。パリッとした手拭いがうれしいです。
聖天堂
仏教の守護神でもある聖天さんは秘仏になっていて見ることはできませんが、約70体の歓喜天像が安置されているそうです。これらは、武田信玄や信徒の方々、寺院から奉納された像なんですって。 象頭人身の双身像で、「男女合体像」、「陰陽和合」を表しているのだとか。
不動堂
明治16年に比叡山のお寺より勧請されたお不動さまがいらっしゃいます。中で護摩焚きができるようになっているのだとか。お堂の右奥には行をする滝があり「お滝不動さま」が祀られていました。
巾着
聖天さんと言えばこれら2つの紋ですね。なんともかわいらしいです。 巾着は歓喜天さまが持っておられるものだそうです。何が入っているのでしょうか~。
二股大根
こちら、大根はお供え物を表しているのだとか。なんか、親しみわきますよね。