1日弾丸!ダム巡り♥朝倉市には、寺内ダム・江川ダム・小石原ダムの3ダムがあります。ダム好きはもちろん!朝倉で過ごす1日が価値ある思いで作りになるのではないでしょうか!(^^)!3ダムを巡りながら、お昼のランチはダムカレー、休憩にはカフェでダムスウィーツと、どこまでもダムづくしで朝倉は皆様をお待ちしてます。
まいどまいど! 東京といえば、レインボータウン・お台場。 レインボータウン・お台場といえば、フジテレビっちゅうことで、本社ビルに行きましてん。 いや~、おもろかったでっせ~! 本社ビル1階では、フジテレビジョンのマスコットキャラクター「ラフくん」がお出迎え。 めっちゃうれしいや~ん。 ほんで、施設内には、ちびまる子ちゃん、サザエさんなど日本のアニメを代表するキャラクターが目白押しでんねん。 7階には屋上庭園、25階には球体展示室があり、展示室からはレインボータウン・お台場やレインボーブリッジなどを一望することができまんねん。 これは、ええとこですがな。 また、実際に使用されている「めざましテレビ」のスタジオが一般開放され、自由に見学することができましてん。 最後に、グッズ・お土産販売コーナーにも立ち寄りましたで~。 さらに、フジテレビジョン周辺は、レインボーブリッジ、お台場海浜公園、砲台跡、自由の女神像などがあり、まるでニューヨーク(アメリカ合衆国)のような雰囲気が漂ってはりまんな。 お台場は、そもそも砲台跡っちゅうことで、周辺は史跡。 アクアシティでお買い物を楽しんで満喫しまひょ!
1月上旬の真冬の青森へ。思いつきぶらり旅。 雪道運転に慣れていないので公共交通機関で移動。 酸ヶ湯温泉までは送迎バスがあります。 ✳︎行程✳︎ 【1日目】 東北新幹線新青森駅に到着後、バスにて古川市場の近くまで移動。 古川市場にてのっけ丼を堪能後、送迎バスを待つためアウガ新鮮市場など散策。 送迎バスにゆられ酸ヶ湯温泉へ… 【2日目】 チェックアウト後は送迎バスにてアウガ新鮮市場まで。 青森駅を起点にその後は八甲田丸、A -FACTORY、ワラッセを見学。昼食には地元に愛されるくどうラーメンでラーメンをいただきました! ✳︎スムーズな旅行のポイント✳︎ 雪深いので荷物は必ずリュックサックにまとめる。(スーツケースで悪戦苦闘する人意外と多かった) 手袋、マフラー必須!! 酸ヶ湯温泉は混浴で有名ですが、入浴着も販売されているので裸を見られたくない人は購入を。 男女別のお風呂もあるので、混浴に抵抗あるけど酸ヶ湯温泉に行きたいという人でもお湯を楽しめます。 ワラッセ内にコインロッカーがあるので、2日目はそこに荷物を預けてから散策すると身軽で楽ちんです。(休日や混雑時にはおすすめできません)
ご存知の通り2020年の干支はねずみですが、ねずみ系の神社を地元で探してみると残念ながら存在しません。検索すると一番近い場所で、京都に「狛ねずみ」があるらしいと判明。毎年干支系神社へ参拝してるので、京都へ行こうではないか。と、京都行が決定しました。ただし正月の京都へ車で行くのは余りにも愚行。今回は定番18きっぷを使用し、大垣発の始発に乗り込み早朝7時半に堂々と京都へ乗り込んだのでありました。
深大寺の蕎麦はレベル高い 蕎麦処です。蕎麦屋が列を並べております。通いがいあります。 蕎麦や意外にも観光スポットありで、休日のおでかけには最適です。 東京だし。すぐ行けるし。 ブログに動画ありです。http://shouryokou.shinobu.pw/archives/60769903.html 公園内の動画多数です。http://shouryokou.shinobu.pw/archives/74704997.html 旅行ブログやってます。こちらもどうぞ。 http://shouryokou.shinobu.pw/archives/cat_1264157.html http://shouryokou.shinobu.pw/archives/81894633.html
『続日本紀』元明天皇の和銅元年(708年)4月20日の項に柿本猨の死亡記事がある。この日が柿本人麿の水刑による死罪実施日であるとする。つまり、島根県益田市の高津川沖にあった鴨島の沖で錘のついた紐を首に巻きつけられた柿本人麿が船から突き落とされて死でいる。 柿本人麿が流罪となった場所、 (流罪地1) 猿丸神社(京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷44) (流罪地2) 讃岐の狭岑(さみね)の島 (流罪地3) 島根の韓島 (流罪地4) 鴨島 桓武天皇の弟で 「憤死 」した早良皇太子の祟りを桓武天皇は死の床で恐れていた。その死の床で、桓武天皇は子孫繁栄の為に早良皇太子の祟りを鎮める為に早良皇太子に血の繋がる五百枝王を復権させ、鎮魂を依頼している。早良皇太子の鎮魂の為に、早良皇太子を崇道天皇とし祀るとともに、その一連の中で橘諸兄、大伴家持などが復権している。その橘諸兄、大伴家持が万葉集の第一及び二巻を流罪刑で水死した鎮魂の為に柿本人麿を復権させ、後に「聖」歌と呼ばれることになったとしている。五百枝王は御靈神社 (上御霊神社)に崇道天皇をまつり、五百枝王の子孫が代々別当を務めている。
歴史は藤原不比等によって日本書紀において偽造された。しかし、どうしても偽装しきれないものが残る。その真実の隠された尻尾が、正に法隆寺ではないか、と梅原猛は書いている。 古事記はオオクニヌシの鎮魂を、日本書紀は聖徳太子とその一族の鎮魂と、聖徳太子を聖人に祭り上げることによる仏教の促進とそれにより人々を引きつけるための藤原不比等の戦略であった。 そして藤原氏の幸せを願うための興福寺と聖徳太子と一族の鎮魂のための法隆寺を同時に建てる事により藤原不比等は安心感を覚えたのではないか、と梅原猛は分析している。
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