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大阪の城東で上等。大坂の陣から相撲に関所まで
まいどまいど! 大阪の人気観光地「大阪城」がある中央区の隣に位置するのは、大阪市城東区でおまっせ! 国技の相撲との縁が深く、大阪国技館・相撲茶屋があったとか。 また、1614年から1615年にかけて勃発した大阪冬の陣、大阪夏の陣の激戦地として知られておまして、佐竹義宣氏が若宮八幡大神宮に本陣を置いていたとか。 今は廃城となった榎並城も名残はなく、石碑が建立、当時を物語ってまんねん。 その他、昔ながらの雰囲気漂う関目商店街では、地元の商店街を盛り上げようと、さまざまなイベントが開催されてまっせ! 開催期間中はぎょうさんの見物客が訪れてはりまんな。 また、関目では江戸時代、宿場町として知られ、関目神社境内では、「東海道五十七次」に指定されたとして石碑が建立、関目発祥の地としても知られ、石碑が建立されてまんねん。 大阪市城東区の下町を歩くと、お笑い芸人として活躍するたむらけんじさんのお店で炭火焼肉を味わいつつ、日替わりでいろんなライスカレーが楽しめるお店を見つけた。 大阪の魅力がまだまだおまっせ。 隠れた名所・大阪市城東区を散策していきまひょ!
明治天皇聖躅・西井茶屋跡
1868年、明治天皇は天保山(大阪市港区)での観艦式に臨むため、京都から行在所となる大阪の本願寺津村別院(米ツ名、北御堂)に向かう途中、当地にて営業していた西井茶屋を訪れ、休憩をとったという。 1913年、これを記念して「明治天皇御駐輦之跡碑」を建立し、関目神社の境内に保存している。
榎並猿楽発祥の地・榎並城跡伝承地
京都法勝寺修正会に参加する猿楽には3座ある。 そのうち、丹波矢田郷(亀岡市内)は、本座、榎並を新座と称した。 榎並猿楽はこの付近に座を構え、住吉神社の御田植神事に奉納した。 室町時代、大和猿楽に移り衰退する。 榎並城は、淀川・旧大和川・池などに三方を囲まれた天然の外堀を持つ堅城であった。 1368年、楠木正成の子である正義も、ここに在陣した。 戦国時代、細川氏の内紛で摂津各所では内乱が頻発していた。 1549年、三好長慶は、柴島城による細川春賢・三好長政を攻めた。 長政は、江口の里に出陣し、十河一存(柴島城)らに攻められ、長政は戦死した。
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