種田山頭火像
山口県山口市小郡御幸町3本名、種田正一。
1882年、山口県防府市生まれ。
大地主・種田家の長男。
母・フサは自宅の井戸で自害。
山口県立防府高等学校では学友らと文芸同人雑誌を発行。
早稲田大学に入学後、中退。
1906年、父・竹治郎が防府市の酒造場を買収、種田酒造場を開業後に廃業。
防府の郷土文芸誌「青年」を創刊、荻原井泉水主宰「層雲」にて投稿句が掲載。
1916年、熊本市に移住、古書店「雅楽多書房」開業、額縁店「雅楽多」転換。
1923年、上京後、関東大震災を機に、熊本市に移住。
熊本市内で泥酔、路面電車を止めたところを顔見知りの記者に助けられ、市内の曹洞宗報恩禅寺(千体佛)住職・望月義庵に預けられ寺男となった。