
もうひとりの女城主~岐阜県・恵那市~
岐阜もうひとりの女城主~岐阜県・恵那市~
今、「女城主」と言えば”井伊直虎”ですね。実は同じ時代にもう一人、女でありながら城主として戦国の世に翻弄されながらも強く生きた女性がいたのです。名は「おつやの方」。アノ、織田信長公の叔母にあたる女性なんですって。 岐阜県恵那市の岩村町にその おつやの方の居城、岩村城址があります。 岩村城は三河、信濃、遠江に接する交通の要所に建っていました。武田信玄攻略の足掛かりとして信長公は、永禄5年(1562年)時の城主だった、遠山景任に叔母のおつやを嫁がせました。しかし、ほどなくして景任は病死。養子として迎えていた信長の子が幼かったため、城主として領地を治めていたとか。聡明で美しかったおつやの方は領民にたいそうしたわれたと伝わります。 今回は、恵那市観光協会さん主催のツアーで、ローカル線・明知鉄道に乗ってもう一人の女城主・おつやの方の足跡をたどりに城跡へ。また、江戸期から明治の面影残る岩村の城下町もたずねてきました。街ぐるみでおつやの方を敬愛されている様子がうかがえましたよ。 また、遊覧船で巡る恵那峡にも足を運んでいます。あいにくの悪天候ではありましたが、歴史と自然に触れる豊かな旅となりました。
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大和高取城、備中松山城と並び日本三大山城のひとつに数えられると言う岩村城。江戸諸藩の府城の中でも最も高い位置に築かれたようで、標高は717m!自然の峻険な地形を利用して建てられた堅固な山城です。現存するのは石垣のみですが、さながらマチュピチュのような様相!登城口から本丸までの800m(徒歩20分)の急な登り坂は少々キツイですが一見の価値アリなお城です。 土地柄、霧が発生しやすいらしく、それさえも城造りに活かされているそうで、別名「霧ヶ城」とも言われています。
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藩主邸太鼓楼
登城口辺りは城山城址公園として整備され、歴史資料館や藩校である「知新館」、写真の太鼓楼などがあります。城下に時を知らせるために築かれた太鼓楼…当時の造りを再現し平成2年に建立されました。 駐車場も完備されていますのでここに停めて登城されるといいかと。
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佐藤一斎の座像と句碑
公園の一角にあった碑です。早くから藩学を置き 文教政策を重んじてきた岩村藩が輩出した幕末の儒学者・佐藤一斎。志を持つこと、学ぶ事の大切さを提唱した彼を顕彰する碑だそうです。小泉首相も敬愛し、その言葉を重用したそうです。碑には「三学戒」が刻まれています。
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下田歌子勉学所
はじめの急坂を少し登ったところにあります。明治から昭和にかけて、日本の女子教育に力を注いだ実践女子学園創設者の下田歌子も岩村で生れだそうです。ここは、実父の書斎があったそうで勉学に励まれたところなんですって。
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藤坂
さて、いよいよ登城が始まります。いきなりの石畳。雨が振っていましたのでツルツルです( ノД`)慎重に…。 周りの木々が鬱蒼と生茂ります。山城の風情たっぷり。
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追手門と三重櫓(畳橋)
一の門、土岐門に次いで三番目の門にあたるそうです。その向こうに見えるのが三重櫓。手前にあった空堀には、敵が攻めてきた際に切り落とせる「畳橋」が架かっていたとか。
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霧ヶ井
城内にはナント!17もの井戸があり現在も枯れることなく水を湛えているんですって。中でもこの井戸は城主専用の霊泉で、蛇骨を投げ入れるとたちまち霧が湧き出て城を覆い尽くし守ったそうな。「霧ヶ城」の由縁になったのもここからなのかしら。
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八幡神社
遠山氏が熱く信仰していたとされる武神・八幡神社がこの先にあったそうです。周りは八幡曲輪がありました。
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菱櫓
杉林の奥は菱形の櫓が。地形に合わせて石垣を積んでいった山城特有の建造物だそうです。
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六段壁
岩村城のシンボル、六段壁。霧がかかって幻想的な姿を見せてくれました。元々は段差のない高石垣だったようですが、崩落を防ぐため補強として下に石垣を継ぎ足し継ぎ足しこのようになったそうです。一段一段はさほど高くはないんですよね。
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本丸跡
六段壁の上は本丸跡となっています。今は平地ですが、当時は納戸櫓などの二重櫓や、多聞櫓が石垣の上に構えられ門も3基設けられていました。はるか向こうには100名山のひとつ、恵那山が望めるそうですが…う~ん、雲しか見えない…。 すぐ下にある出丸広場から本丸を見上げるとそそり立つ見事な石垣が!
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歴代城主一覧
出丸広場の管理棟内に掲げられてました。鎌倉時代、源頼朝の重臣だった加藤景廉の子、遠山景朝を初代とし、おつやの方、武田家重臣でおつやの方の夫・秋山信友…戦国時代には森蘭丸も18歳で城主になったようです。その後、徳川の筋である松平家乗が藩主邸を築き、城下町も整えました。明治に入り 松平乗命の時、版籍奉還となっています。 683年に渡って城主が変わりつつも連綿とお城が存続していったのですね。
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おつやの方のその後
女城主として采配を振るい侵攻してきた武田軍にも立ち向かっていたのですが、元亀3年(1572年)3か月の籠城の末、家臣であった秋山信友の妻となる条件のもと無血開城。その後は平和な暮らしが続いたそうです。 しかし、岩村城を乗っ取られた信長は激怒。天正3年(1575年)に攻め込まれ、信友、おつやの方共に捕らえられ逆磔刑に処せられたといいます。なんとも悲しいお話しです。
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起点となるJR恵那駅に隣接するローカル鉄道。地元では「あけてつ」と呼ばれ市民の足として活躍している列車なのです。恵那から明知の全長25.㎞を結びます。今回はこの列車で岩村駅まで連れて行ってもらいます。 観光協会もすぐそばにあるので、ツアーの受付を済ませ ガイドさんと一緒にスタートします。
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「女城主ものがたり列車」ツアーに参加しました
コレ!2時間ほどかけて岩村町を巡ります。観光ガイドと、明知鉄道一日乗車券、観光パンフ、お茶に お土産購入にも使えるオトクなクーポンが付いて1700円。これは安い!
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路線図
元はJR明知線だったのですが、第三セクターが経営を引き継いでいるそうです。新しく開業した「極楽駅」を含む11の駅をつなぎます。沿線には岩村城跡をはじめ阿木ダム、日本大正村など見どころたっぷり。この列車、自転車も乗せられるんですよ~~。
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これに乗ります
「女城主の里・いわむら」の看板がかかげられていますね。普段はこのように1両で運行しているのかな?ゆったりとした雰囲気がたまらなく好きです。
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お世話になったガイドさん
出発進行!と同時にガイドが始まりました。いろんなところでボランティアガイドをされている方のようで、岩村の事はもちろん、歴史やお城についての知識も豊富で話に引き込まれてしまいました。
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新駅「極楽」
2008年に開設された駅。「極楽」と言うのは日本でここだけらしいですよ。かわいいお地蔵さまが微笑んでいました。
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日本一急勾配の駅「飯沼」
こうして写真で見ると感覚はないんですが(乗車していてもわかりません…)、<33パーミル>と言う勾配を示す数値の案内板がありました。初めて聞く単位です。
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ワンマンカーです
後乗車、前降車のワンマンカー。運転手さんの横は特等席ですね。まっすぐにのびたレールの両側は木立や田園風景が広がり、日本の原風景を思わせる景観です。
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車窓からの眺め
緑がキレイな季節。紅葉の頃はまた違った景色が楽しめそうですね。
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食堂列車運行中~
明知鉄道、なかなかおもしろい取り組みをされていて、春には「お花見列車」「山菜列車」、秋はきのこを楽しむ「きのこ列車」など車両が食堂に変身するんです。 4~9月は沿線の山岡町の名産である寒天を使ったお料理が味わえる「寒天列車」も。12~3月は「じねんじょ列車」に!四季折々楽しめますよね~。
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岩村駅に到着
ローカルな青い看板がしびれます! 約30分ほどで岩村駅に着きました。 さぁて、散策のはじまりです。
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ガイドさんの案内のもと、まずは城下町をブラリ歩き。駅から岩村城跡まで岩村本通り 約1.3㎞が城下町になります。道路の両側には江戸時代から昭和までの古い町並みが…国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。 ゆっくりとお城に向かって登りになっています。江戸時代は下から商家群、職人町などの町人町を、お城の麓には武家町と職業によって住むエリアが分けられていたようです。 建物は、新しいものと古いものが入り混じった感じ、それがなんとも言えない町の風情を生み出しています。 様々な旧家も無料開放されているので休憩がてら見学してみてくださいね。昔にタイムスリップしたような感覚を覚えます。
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古い町並み
中山道の宿場町や、木曽路などでもみられるような趣のある町並みです。電線が地中に埋められているので電柱もなく、近代的要素は皆無。ゆっくり一軒ずつ見ながらお城を目指します。
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巌邑天満宮
赤い幟がいくつもはためくのは「岩村」ではなく「巌邑」と記された天満宮。文政5年(1822年)に福岡の太宰府天満宮から分霊、鎮座された学問の神さまです。早くから藩校で学問を学ぶのが盛んだったため神さまをお祀りし、加護を受けてきたのかもしれませんね。
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あちらこちらで見られる佐藤一斎のことば
門下生に佐久間象山、渡辺崋山らがいたとされる佐藤一斎。その著書の「言志四録」から抜粋された言葉を城下町のあちこちで見る事が出来ます。石に、木版に…一斎先生の名言が刻まれているのです。心に響く言葉がきっと見つかりますよ。
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のれんに書かれているのは…
町並みの中でひときわ目立つブルーののれん…よく見ると「幸子」とか「恵利子」など女性の名前が書かれています。これは、そのおうちの「おかみさん」のお名前なんです。女城主・おつやの方にちなんで記されているようですよ。400年以上たった現在でもおつやの方が町の方々に愛されている様子がうかがえてうれしくなりました。
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高札場
宿場町でよく目にしますね。平成元年に明治初期の絵図を元に復元されたものだそうです。高札と言うのは、領民を取り締まるための各種ご法度などを公布し、領内に知らしめたもの。
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天正疎水
天正3年に作られた町人町に流れる生活用水 兼、防火用水。旧家の中庭など、おうちの中にもこの疎水が貫流しているところがあるんですよ。せせらぎの音が心地よい~。
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水野薬局店
江戸時代から続く老舗の薬種商。自由民権運動を主張した板垣退助が岐阜県内で暴漢に襲われる事件がありましたね。あの事件の数日前に、こちらの水野薬局さんに宿泊されたのだそうです。 軒下に掲げられた木でできた古い看板がスゴイ!ちゃんと下部に「水野薬局」のロゴも入っているんですよね。 ふとガラス戸に目をやると、嵐の桜井クンが…こーゆーのもなかなか面白い(^^♪
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勝川家
こちらは、江戸時代築の木造2階建て住宅。幕末に「松屋」と言う屋号で台頭していた勝川家。 無料で内部を見学することができます。茶室や書院、使用人部屋などから当時の生活の様子が伺い知れますよ。 *9:30~16:30OPEN/㈫定休
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黒の郵便ポスト
岩村郵便局前に立つポストなんですが…ん?黒い?? 明治20年頃に設置されたポストで今なお、現役で活躍しているそうです。当時のポストは「目安箱」を模した角型で木製のものが多かったようです。その名残りなのですね。景観にマッチしています。
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木村邸
江戸中期から末期に栄えた問屋さん。奥には大きな蔵がありました。 こちらは代々、藩の財政が厳しくなってくると御用金を用立てしその危機を救っていたのだとか!お殿さまから特別な商家として認められていたそうで、苗字、帯刀が許可されていたと言います。 *9:30~16:30OPEN/㈪定休
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お殿様自ら…
すぐ横に「殿様通用門」なる入り口が。そう!ここからお殿さまが密かに?やってきてお金を用立てしてもらったのですね。ふむふむ…。 武者窓や茶室などもあり当時の町屋様式を伺う事ができます。
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上町常夜灯
寛政7年(1795年)別地にて建立され昭和になってからこちらへ移されたようです。江戸時代に度々起こった大火により、「火伏せ」を祈願して建てられたものなんですって。
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コレ、オトクですよ💗
ツアーのお客さんに配られたお茶とクーポン券💗 「おとく~ぽん」と言って、城下町の加盟店で使えるクーポンなんです。200円券が3枚ついていて、五平餅や、お酒と引き換えられるようになっています。観光案内所などで500円で販売もされているのですが、今回はツアー料金に含まれていました。
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上には立派な杉玉が…。 岩村藩御用達の運送業者としてスタートしたのが天明7年(1787年)。酒造りは副業だったそうですが、明治に入り藩がなくなってからはこちらが主となったとか。店舗は築300年にもなるそうですが、酒造りも200年以上続き、多くのファンを魅了してきました。 看板商品「女城主」をはじめ、数々の地酒を昔ながらの製法で作り続けているそうです。 ここで、ぜひ見ていただきたいのが奥行きのある店内をズドーンと突きぬけるトロッコ!ナゼにトロッコ??
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アートのように並びます
のれんをくぐって店内へ入ると最初に目に入るのがズラリと並んだお酒たち!岩村城築城を記念して立ち上げたブランド「女城主」をはじめ「ゑなのほまれ」や梅酒、あま酒…目移りしそうになるラインナップです。そして、美しい…黒く光る木の棚と色とりどりのガラス瓶が何とも言えず調和しているんですよねぇ。
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コレコレ!
そう!これがトロッコ!うなぎの寝床のように奥へ続く通路にはこのようにトロッコのレールが敷かれているんです。お米やお酒を運ぶのに活躍していたみたいです。約100mの長さがあり、これにそって奥まで無料で見学できるのが嬉しいんです。
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天正疎水
通路脇の中庭には天正疎水が。清らかなお水が流れているのが風流です。
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酒造りにも欠かせない天然水
その手前には、400年前に掘られた井戸から今なお湧き出でる地下水が。見学者もいただけるようになっていました。 岩村醸造さんのお酒は全て、この地下水を使用されているそうです。岐阜県の名水50選に認定されているとか…なんともまぁるいお水です。
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奥へ続くトロッコ
視界が開けました。お酒の香りがぷ~んとしてきてなんとなく心地よい…そんな空間になっています。
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首相も…
安倍総理直筆の書が飾られていました。政界、芸能界などからたくさんの方が訪れているようですよ。写真が飾られていました。
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奥の仕込み蔵
入り口には大きなしめ縄が張られています。神聖な場所なんですね。
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お楽しみの試飲♥
清酒の他、お米と麴のみで造ったあま酒や、ゆず酒なども…。あったかいあま酒しか飲んだことがなかったのですが、よく冷えたあま酒はスッキリとした口当たり!麹のうまみも感じられとってもおいしかったです。ノンアルコールなので、ドライバーさんにも◎
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お土産はどれにしようかな
パックになっているのは、「女城主純米吟醸」と創業230年記念のお猪口のセット。コレ買おう! 「酒粕」や笠置町産の柚子で作った「ゆずじゅーす」も気になりました。
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約260年前の江戸時代に染物屋を営んでいた商家です。建物は安永7年(1780年)に建てられたもので、恵那市の重要文化財のひとつに数えられています。 当時の藍染めの行程を学ぶことができる染工場や、土佐屋の歴史をおさめた土蔵の展示室、お庭には天正疎水が流れ江戸時代の面影を感じる事ができるスポットになっています。 *9:30~16:30OPEN/㈬定休
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藍色ののれんが鮮やか
平成8年から建物の復元工事がスタートし、11年にオープン。 屋内をぐるりと見て回れますよ。お庭も、蔵も、藍染め工房もなかなかに見ごたえありです。
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紺屋としての歴史に触れる
商いの様子もさることながら、そこでの暮らしも垣間見える展示物の数々。職員さんが丁寧に説明してくださるようですよ(私たちはさらりと見せていただいただけなんですが)。
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機織り機が!
染められた藍の布はこのようにして織られていたのでしょうね。 なんだか、タイムスリップしたみたいな感覚に陥りそうです。
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染工場が見学できます
通路から中の様子を見る事が出来ます。これ、藍染めをする工房です。四角いくぼみ(藍壺)に染料を注ぎ、さらに火壺を入れます。この中で火を焚き、周りの染料をあたため発酵させたところに糸や布をつけて染めるのだそうです。 この2階は染色した糸などを乾燥させる部屋のようです。
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ご当地マンホール~岩村城~
難攻不落といわしめた岩村城。 町の人々の誇りなのでしょうね。かっこいい!!
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寛政8年創業の老舗和菓子店。ナント!こちらではあの、ポルトガルやスペインから伝わってきた当初の「カステーラ」がいただけるんです。私たちがふだん食べているのは日本人の好みによって改良されたカステーラなのだそうで、元祖のものではないらしいんです。 長崎に伝わったカステーラの製法を、今から210年前に岩村藩の御殿医が現地でオランダ人から伝授してもらい、藩に持ち帰ったのちこちらに伝えた…といういきさつなんですって。 卵、砂糖、小麦粉を使用したカステーラは非常に栄養価が高く、当時は薬としても食されていたのだとか。
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おいしそうなお菓子がズラリ!
「カステーラのご試食どうぞ~」と気さくにもてなしてくださいます。ぶ厚くきった試食をいただきます。卵色と言いますか、濃厚な黄色のカステーラはきめが細かく、香りが最高!なんだか懐かしさも覚える…そんな風味です。 他にも季節の和菓子や定番のおまんじゅうなどがよりどりみどり!
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カステーラ
1本480円。や、安い!パッケージも懐かしさを感じますよね。 生地をすり鉢で練って小釜で焼き上げるそうです。はちみつが使われているそうで、ふんわりまろやかです。お土産に最適!!
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これも絶品!「栗きんとん羊かん」
さすが恵那!栗はとても有名ですよね。栗の入った羊かんが数種類ありましたが、店員さんに進められて買ったこれがめっちゃおいしかったです。 大きな栗が入っていて、周りの羊かんはすべて栗きんとんでできてるんです。この地方の秋の名物「栗きんとん」です!ホクホク感と、ほろ苦さも健在。お試しあれ。
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おいしい手打ちうどんがいただけるお店です。築100年以上の古民家を利用した店舗はお座敷になっていてくつろげます。 手打ちうどんはお料理に合わせて2種類打つのだとか…。数量限定らしいのでお早めに。
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格子戸の光がキレイです
お座敷に落ち着きました。疲れた足を休められるのでありがた~い💗 センスあるディスプレーがいい感じ。
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お酒スゴイ!
壁にディスプレーされているのは全国のお酒や焼酎。九州のものが多いと奥さまがおっしゃってました。オシャレ~(^^)v 約100種類の焼酎が味わえるそうですよ。
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海老おろしうどん
揚げたての海老や大葉がサックサク濃いけど甘い目のおつよとよく合います♥ 手打ち麺はほどよいコシがありもちもちとしてて腹もちも良さげ。
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もちおろしうどん
こちらは揚げたお餅入り。ほんのり香ばしくしあがってて中はとろ~り。 こちらのお店はもつ鍋もおいしいんだとか。今度はそれ、いただいちゃおう~。
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おとく~ぽんで割引になるお漬けものがあると聞いて訪れてみました。東濃名物の「菊牛蒡味噌漬け」は、岩村町出身の植物博士・三好学氏が名付けたそうです。切り口が菊ににているんですって。あちこちで販売されているようですが、こちらの水半さんが元祖!1袋買ってみました(¥600)。キレイ色のしば漬けやゆず大根など、他のお漬物もおいしそうでしたよ。全て国産の材料で手作りだそうです。 おかず味噌もそうですが、この地方では食品を味噌に漬け込んで食べることが多いようです。寒い地域特有の保存のきく調理法なんでしょうね。
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民芸風で落ち着いた店内
休憩スペースも設けられていてほっこりできますよ。おかみさんがとっても気さくで「遠いとこからよぉ来てくれたな~」とニコニコ話してくださいました。和みます。
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名物の「菊牛蒡味噌漬け」
麹も自家精製し地味噌に漬け込んで作られた牛蒡の味噌漬け、しっかり漬けこまれているのですがシャキシャの食感に驚きます!お味噌の辛味も気にならず、ご飯に乗っけたりして丸ごといただいちゃいました。
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水半さんのお向かい、岩村でどうしても食べたかった「五平餅」をいただくべく訪れてみました。こちらもおとく~ぽんが使えるんです。お好み焼きや焼きそばも食べられますヨ~。 食べ歩きしようと思っていたんですが、おかみさんに「中でどうぞ~」と声をかけていただいたのでまたまたほっこり。 こちらの五平餅はネギ味噌と、ごまだれの2種類が楽しめるそうです(1本\160・おとく~ぽん1枚と引き換え)。岩村ではだんごをペチャッとつぶしたような丸いのが3つほどついているのが主流と聞いてたのですが、みはらさんでは<わらじ型>で提供されているそうですよ。
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カウンターとテーブル席があります
カウンター、作業台と化してましたが…。いらしてたお客さんがご近所さんなのか世間話に花が咲いてました~。楽しそう♪ほのぼのしていい感じです。
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コレは食べとかなきゃね☝
私はごまだれをいただきました。わっ!デカイ! 搗いたご飯をわらじ型に形成して串にさし焼いたものにトロ~リごまだれがかけてあります。なかなかのボリューム!もっちり食感とごまだれの芳ばしさ!たまりません。これに、お茶と小鉢のおかずがついてきます。オトク感とおかみさんの優しさが嬉しいお店でした。
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明知鉄道で恵那駅まで帰ってきました。恵那を後にする前にお土産を買わねば!駅の並びにある「えなてらす」におじゃましました。 恵那、東農地方のお土産をはじめ、農産物、木工品などが並びます。観光案内所も併設されていますので便利ですよ。
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恵那の特産品を買うなら
恵那のおいしいものが集結!あれもこれもと気が付けばカートの中はいっぱいに!今回は車ではないので厳選せねば…。
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栗きんとんの競演!~「栗くらべ」
ここで有名なのはコレ!今の時期は販売されていないんですが、秋になるとこれを求めて恵那を訪れる方がたくさんおられるそうです。市内の和菓子屋さん9軒の栗きんとんが詰め合わせになったオリジナル商品。これは食べたい! 栗くらべは えなてらすでしか購入できません。
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恵那駅近くで中山道69次・46番目の宿場町「大井宿」の町並みを歩くことができます。海沿いを走る「東海道」と並んで、山側を縫うように走る「中山道」。江戸時代の主要道路ですよね。 写真の本陣跡や、格子戸のある庄屋、旅籠に旧家と往時を偲ばせる建物が残っています。平安時代の歌人・西行法師もこの地を訪れ歌を残しているそうです。 写真の「大井宿本陣」の正門は建物のほとんどが焼失してしまったそうです。この門と立派な松だけが残っています。
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「美濃17宿中随一」と言われた大井宿
駅から延びる中央通り沿いの案内板。全長710m、最盛期には41の旅籠があったとされています。敵の侵入を防ぐために直角になった「升形(ますがた)」が6カ所見られますが、数としては日本一だそうです。
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中山道ひし屋資料館
恵那市の文化財にも指定されている有力な商家だった古山家が改築され、資料館になっています。 屋号は「ひし屋」で酒造などの商いをしていたそうな。格子戸や隠し戸、お庭など日本家屋の美しさを堪能出来ますよ。展示物の調度品や絵図などから当時の様子がよくわかります。 *9:00~17:00OPEN/㈪定休/\200
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恵那に来たら訪れてみたかった美術館です。「木曾海道(中山道の別称)六拾九之内」を描いた歌川広重などの浮世絵版画1400点を収蔵しています。版画は劣化が激しいようで、常設展示は行わず、ほぼ毎月入れ替えをしているそうです。(毎年9月のみ1か月間本物がズラリと展示されます) 誰もがどこかで見た事のある広重の風景画…一枚一枚見ているととっても味わい深いんです。時が経つのも忘れて見入ってました。
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こちらの企画展を鑑賞しました
「六拾九次」の中からは作品が抜粋して展示されていました。 企画展は京阪の名所を描いたもの。京都人なので「あ~ここ!わかる!」と言う作品が多くあり嬉しかったな。風景もさることながら、人物の動きや表情の豊かさは本当に素晴らしいです。そこから読み取れる心情を察したり、時代背景を想像したり…このシチュエーションにしばし入ってみたくなりますよ。うん。
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「雨の中津川」
画像をお借りしてご紹介。 こちらは、木曾海道六拾九次の中の一枚。「中津川宿」の風景が描かれているんですが、この中津川だけ2バージョンあるんです。世界に6枚しかないと言われている「雨の中津川」。もう一つは「晴れの中津川」。最初に摺られたのは「雨」だったようですが、後の版で「晴れ」が描かれたとか。なんで?それは解明されてないそうです。
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圧巻の六拾九次!
2階の廊下にはレプリカの木曾海道浮世絵が集結。「ヒロシゲブルー」と呼ばれる藍色の美しさが海外でも高評価なのだとか。 実はこれ、合作なんです。広重と同じく浮世絵師の「渓斎英泉(けいさいえいせん)」が全72枚中24枚を描いたそうです。
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浮世絵ナビルーム
浮世絵に親しんでもらいたいという趣旨で面白いコーナーが設置してありました。浮世絵すごろく、パズルに絵草紙屋(えぞうしや)と言う現代のマンガのような読み物の展示など大人も楽しめる企画です。ペッパー君がいて案内してくれますよ。
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重ね摺り体験にチャレンジ✨
予約不要、無料で版画体験ができます。3色摺りと5色摺り。広重の浮世絵に近づけるか?!その時の企画展によって図柄も変わると言うこだわりよう。スゴイですね。ローラーでコロコロして色をつけ、バレンですります。重ねていくのでずれるとタイヘン…。
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む、むずかしい~💦
できた。「大井宿」!イヤイヤ簡単にはできませんよね~。 広重の描いた絵を職人が手作業で版画にしていく…。摺り加減によっても味わいが違ってくるんですものね。」ホント、浮世絵版画、奥が深い!
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ミュージアムショップ
入り口あたりにはショップも。浮世絵ファンにはたまらない雑貨がラインナップ💗
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木曽川をせき止めてできたダム湖。大正時代に「電力王」と呼ばれた福沢桃介によって造られた人造湖なのです。巨岩が多く急流だった木曽川のダム建設は、かなりの難工事だったと言います。多くの人びとの尽力によって完成したエメラルドブルーに輝くこのダム湖は、地理学者の志賀重昂により「恵那峡」名づけられました。 この日本で初となった水力発電の大井ダムは近代化産業遺産にも登録されています。 遊覧船に乗って水面からの景観を楽しむことができますし、周辺には桜が美しい「さざなみ公園」や、奇岩巡りなども楽しいです。
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遊覧船で恵那峡巡り
恵那峡の壮大な景観を楽しみたい方にはこの遊覧船がオススメ!高速ジェット船に乗って30分間の船旅です。 *大人\1280、小人\570
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いざ!乗船(#^.^#)
桟橋から誘導してもらい乗る船は…
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360度のパノラマ~
「はくちょう号」です。 窓が大きいので上の方もよく見えます。外には出られませんが、湖面がすぐそこにあり、水しぶきを間近で感じる事が出来ますよ。
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前方もご覧の通り
運転手さんの前に見える観覧車…恵那峡ワンダーランドと言う遊園地だそうです。遊覧船乗り場の対岸にあります。大自然の中の人工的なものがかえって新鮮な感じに見えます。
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恵那峡大橋
赤が周りの緑に映えています。 昭和52年に架けられた橋。高さは50ⅿ!木曽川や奇岩、怪岩が一望できます。 遊覧船はこの下をくぐってさらに上流へ進み、10㎞ほどいったところでUターンしてきます。
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獅子岩
勇壮な獅子がグワ~ッと口をあけているように見える岩です。恵那峡の奇岩群の中でも名の知れた岩ではないでしょうか。
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屏風岩
そそり立つ岩盤はホント、屛風のよう!! 秋の紅葉で色付くとさながら錦の屏風になるのでしょうね。
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こむそう岩
籠みたいなのをかぶって尺八吹いてる(イメージですが…)アレですね。けっこう頭がデカイ。
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御嶽山が…
お天気がよい日ははるか向こうに木曽御嶽山が望めるそうです。 湖水は普段もう少し白っぽい色をしているんだとガイドのお姉さんが言われていました。御嶽山の火山灰が混ざるそうです。
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品の字岩
「品」…の字に見えますかねぇ?これって、自然のできたバランスなのでしょうか?そちらの方が気になります。
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緑があふれています
霧が立ち込めていたのですが、ちょっと切れてきたかな?遊覧船、楽しかった~。
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船を降りたらすぐ近くのさざなみ公園にも足を運んでみてください。木曽川に半島のように突き出たようになっていて、周りに遊歩道がグルリと通っているので山々やダム湖を眺めながらお散歩できます。 春の桜の頃にはお花見客でにぎわう様で、ライトアップも行われるそうです。
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福沢桃介像
まるで恵那峡を見守るようにして立っています。
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広場
広場もあり、お弁当を持ってきてもいいなぇなんて思っていました。
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遊覧船が行った後は…
こ~んな感じに波がたちます。何とも言えない波紋でしょ?
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ホタルブクロ
雨に濡れてしっとり…。
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弁天島
上流側に朱色の欄干の橋が架かり、その先に弁天さまがおられました。琵琶を弾いている弁天さまの足元には龍の姿も…。ダムが出来る前、ここは小高い丘だったそうです。それさえも沈んでしまったため島にして改めて祀ったとか。工事でなくなった方の慰霊にもなっている江戸時代の神さまです。
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ここからの眺めもなかなか
弁天島から対岸を眺めています。また霧が出てきましたが、これはこれで幻想的でGOOD!!
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恵那峡の大フジ
遊覧船乗り場を上って来たところにお土産物屋さんやおうどん屋さんがあるのですが、その前に辺りが暗くなるほどに枝を張った藤の木がありました。 樹齢はナント400年。根本周囲は2.7ⅿもあるそうです。花の頃はさぞかしいい香りがして美しいんだろうな。
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今年初めて会うカタツムリ
雨が降りジメジメしていたのでひょっこり出てきたのかな?
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なんとも奇妙ないでたちのこの岩は傘岩と言って、雨風による風化作用によってこのようなさかさ円錐のような形になったそうです。傘というよりは「キノコ(エリンギ)」?に見えますが…。
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フシギ
黒雲母花崗岩でできているそうです。イチバン大きいところは直径3.3mなのに対してイチバン狭いところは数10㎝しかないんですって!倒れないのかしら…( ゚Д゚)
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後ろから
いろんな角度で見ても…
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横から
やはり、キノコ(エリンギ)にしか見えない。
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紫陽花が見ごろでした
この時期、イチバン美しいのは紫陽花かも。あちこちでその可憐な姿を見せてくれます。
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もう少し登ったところにあった「ド」がつくぐらいデカイ岩。千畳はないと思うのですが…。一枚岩というのがスゴイ!恵那にはナゼ、このような巨岩が多いのでしょう。
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上からの眺めが最高~
大井ダム方面の景色がキレイに見えますよ。
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立弘法さん
恵那の三弘法のひとつに数えられ、恵那峡を向いて立っておられる弘法さんです。お顔はよく見えなかったのですが、麹の殉職者慰霊と、観光客誘致のために造られたそうです。
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傍らの観音さま
そのたもとにひっそり石仏が。 今回も心に残る旅をありがとうございました。
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