醤油のまち湯浅で美味しさと出会い、たま駅長との楽しさに出会う
和歌山醤油のまち湯浅で美味しさと出会い、たま駅長との楽しさに出会う
まいどまいど! 醤油発祥の地として知られる和歌山県有田郡湯浅町では複数の企業が湯浅醤油っちゅうブランドで現在も製造、販売を行ってはりまんな。 湯浅醤油にて工場を見学、マスコットキャラクターと出会う。 また、お土産も充実していて、悩みに悩みながら、お土産を購入。 ほんでまた、現在のネコブームの火付け役ともなったネコの駅長で初代たまが活躍していた駅舎が。 当時は、初代たま駅長の跡を継いだ招き猫の「ニタマ」が駅長に昇格し、話題を呼んでいた。
和歌山県に拠点を置く日本の調味料メーカーとして知られ、「生一本黒豆醤油」の他、金山寺味噌造りの際に産生する溜を使用した「九曜むらさき」、「カレー醤油」などが主力商品。 小学校でのマイ醤油プロジェクトを行うなど、食育の取り組みも行っているとか。 湯浅醤油とは一般に、湯浅町で醸造される醤油のことを指すため、同社の醤油を指すわけではないという。 湯浅町では同社の他、数社が湯浅醤油の名を使用している。
湯浅醤油のしょうちゃん
湯浅町湯浅で活躍するキャラクター「しょうちゃん」。 醤油工場の見学をしていると出会うことができる。 旅の思い出に記念撮影でも、いかが?
湯浅醤油名物のしょうゆまんじゅう
しょうゆらしい香りと味がまんじゅうとコラボした珍しい逸品。 旅の疲れを癒すかのように甘いまんじゅうは、口の中でとろけていく。
江戸時代に活躍した商人として知られ、略して「紀文」「紀文大尽」と言われた。 20代の頃、紀州みかん、塩鮭で富を築き、江戸八丁堀へ移住。 江戸幕府の側用人柳沢吉保や勘定奉行の荻原重秀、老中の阿部正武らに賄賂を贈り接近したと言われる。 上野寛永寺根本中堂の造営で巨利を得て幕府御用達の材木商人となるも、深川木場を火災で焼失、材木屋は廃業。 幕府から十文銭の鋳造を請け負ったが、質が悪く通用が停止されてしまったとか。 深川八幡に移住し、宝井其角らの文化人とも交友。 現在は、松下幸之助が建てた紀伊國屋文左衛門生誕の碑が建立されている。
和歌山電鐵貴志川線の駅。 最近の猫ブームの火付け役ともなった「たま駅長」が過去に活躍していた。 1933年、伊太祈曽駅と当駅間の延伸に際し、和歌山鉄道の駅として開業。 和歌山電気軌道、南海電気鉄道との合併により貴志川線の駅となる。 2006年、和歌山電鐵への継承により無人化。 2007年、駅の売店「小山商店」の飼い猫「たま」が駅長に就任。 同居する「ちび」「ミーコ」も助役に就任。 2010年、開業以来の初代駅舎を解体し、新駅舎建設。 新駅舎「たまステーション貴志駅」竣工、使用開始。 2012年、三毛猫「ニタマ」が駅長代理に就任。 2015年、ニタマ駅長代理が駅長に昇格、「たま2世」を襲名。
たま駅長のたま
当駅の売店の飼い猫「たま駅長」で話題を呼んだ。 かつて、駅と倉庫の間に置かれていた猫小屋の土地が紀の川市の公有地となって撤去を求められ、飼い主は困っていた。 そこで、和歌山電鐵では、たまを駅長に就任させるという案を打ち出した。 客招きの功績からスーパー駅長に任命され、水戸岡鋭治デザインの猫用の駅長室が設置。 2015年、たま駅長の死去に伴い、ニタマ駅長代理が駅長に昇格、たま2世を襲名した。