海船政所跡
大阪府堺市堺区北旅籠町西3-4四国阿波出身の三好長輝氏は堺と関係の深い細川氏の先鋒として北国の兵を京都で破った。
細川澄元氏を援助、足利幕府の管領に据え、その後見人として権力の座に就いた。
1504年、三好長輝氏は京都と阿波の中間地点に当たる堺に館の建設を計画。
館が完成する頃には、孫・元長の代に変わり、政所の号を与えられた。
敷地面積は、東西約652m、南北は、これの倍にあたると言われている。
館の中央には、高楼があり、楼上から、常に周辺を監視していた。
元長氏の後継者として、長慶、義興、義継が居住し、本城のような役割を果たしていた。