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現在の岡山県西部、広島県東部の前身にあたる小田県の県庁跡。 1871年、備中国および備後国東部の管轄を目的に「深津県」として設置。 廃藩置県後、第1次府県統合により備中国の10県と旧備後国福山県を統合、備中国全体と備後国東部6郡を領域とした。 当初、県庁は深津郡福山町(広島県福山市)の福山城に設置予定であったが、小田郡笠岡村(岡山県笠岡市)の幕府笠岡代官所跡に変更となった。 1872年、笠岡村の郡名から小田県に改称。 1875年、小田県が岡山県に統合され、廃止。 1876年、第2次府県統合で、備後国側の地域(福山市と
2024年2月17日
笠岡代官所跡 現在の笠岡小学校正門
元禄十三年(1700)五月、笠岡に初めて代官所が設けられ、以後幕末まで四十二代百七十年の代官支配が行われた。これらの代官の中には、「いも代官」として有名な十四代井戸平左衛門正明や、寛政十年(1798)に郷校「敬業館」を創立した三十代早川八郎左衛門正紀がいる。 その後、廃藩置県の布告により、深津県が明治五年(1872)小田県庁として笠岡に移る。 明治八年(1875)には、小田県は岡山県に合併された。
2015年2月28日
2020年9月15日
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現在の岡山県西部、広島県東部の前身にあたる小田県の県庁跡。
1871年、備中国および備後国東部の管轄を目的に「深津県」として設置。
廃藩置県後、第1次府県統合により備中国の10県と旧備後国福山県を統合、備中国全体と備後国東部6郡を領域とした。
当初、県庁は深津郡福山町(広島県福山市)の福山城に設置予定であったが、小田郡笠岡村(岡山県笠岡市)の幕府笠岡代官所跡に変更となった。
1872年、笠岡村の郡名から小田県に改称。
1875年、小田県が岡山県に統合され、廃止。
1876年、第2次府県統合で、備後国側の地域(福山市と
2024年2月17日
笠岡代官所跡
現在の笠岡小学校正門
元禄十三年(1700)五月、笠岡に初めて代官所が設けられ、以後幕末まで四十二代百七十年の代官支配が行われた。これらの代官の中には、「いも代官」として有名な十四代井戸平左衛門正明や、寛政十年(1798)に郷校「敬業館」を創立した三十代早川八郎左衛門正紀がいる。
その後、廃藩置県の布告により、深津県が明治五年(1872)小田県庁として笠岡に移る。
明治八年(1875)には、小田県は岡山県に合併された。
2015年2月28日
2020年9月15日