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東京駅周辺を一周する日帰り旅

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    観光

東京駅周辺を一周する日帰り旅

まいどまいど! 日本の中心地っちゅうたら、やっぱり、世界の東京でっしゃろか。 まわりの多くは、関東弁。 駅構内にあるエスカレータも関西(大阪や兵庫など)とは違って、左側に立ち、時々は戸惑いながらも、わてにとっては、楽しい別世界の日常が広がってましたな。 ほんでまた、世界に名高い企業や官公庁が集積してまして、数々のテレビ番組やドラマで取り上げられてきた日本最大のターミナルの東京駅、国会議事堂、警視庁、そして、皇居(江戸城跡)など。 そして、桜田門外の変や楠木正成など歴史の舞台に立った人物ゆかりの場所や像も建立され、当地を訪れた観光客は思い思いに写真撮影を楽しんではりましたな。 せやけど、一言に「東京」と申しましても、関西と縁が深く、たとえば、東京遷都前は、奈良、京都、兵庫など関西に位置し、東京遷都直前は大阪でした。 ほんでまた、皇居に建立され、悪党とも呼ばれた武将の楠木正成も実は大阪府南河内郡千早赤阪村出身。 東京の歴史は、大阪を中心とする関西が動かしてきたっちゅうても、過言やおまへん。 でも、そんな東京にも楽しみがいっぱい。 頭の片隅に関西を思いつつ、東京観光を満喫しまひょ!

  • 関東のターミナル・東京駅。 東海道新幹線、東北新幹線、東海道本線、東北本線などの主要幹線の起点駅でもある。 プラットホームの数は日本最大。 1941年、辰野金吾らの設計によって設計。 2003年、国の重要文化財に指定、「関東の駅百選」認定駅。

    • 赤レンガが特徴

      赤レンガが特徴

      1945年、丸の内側の本駅舎は東京大空襲によって焼失。

    • 東京駅の内部

      東京駅の内部

      戦災復興工事によって、ドーム屋根にかわって木造8角形の屋根が載せられた。 内部は3階の窓の開口部は保持。

    • 東京駅の内部

      東京駅の内部

      残存したアーチなどのレリーフは新設されたローマのパンテオン風の意匠によるジュラルミン製のドームによって隠されたとか。

    • 東京駅の歴史

      東京駅の歴史

      これまで歩んできた東京駅の歴史の詳細が刻まれている。

  • 東京駅構内にある弁当販売店。 ここでは全国各地の有名駅弁が集結し、販売されている。 東京駅でおすすめの駅弁といえば、やっぱり、東京名物の駅弁「東京弁当」。 外観には旧東京駅やその周辺が描かれた絵が掲載。 早速、蓋を開けてみることにしましょう。

    • 東京弁当の蓋を開けてみると

      東京弁当の蓋を開けてみると

      東京弁当のふたを開けると出てきたのは、かつての東京駅とその周辺が描かれた絵の葉書。

    • 東京らしさが詰まった東京弁当

      東京らしさが詰まった東京弁当

      東京駅限定で販売されているという東京らしさがいっぱい詰まった駅弁「東京弁当」。 牛肉とたけのこ煮(浅草今半)、キングサーモンの粕漬焼(魚久)、玉子焼(すし玉青木)、野菜のうま煮(里芋・こんにゃく・人参・筍・牛蒡・南瓜・蓮根・絹さや)(日本ばし大増)、きのこの和え物菊花添え、蓮根のはさみ揚、和菓子、ご飯(秋田県産あきたこまち使用)、刻み梅、生しば漬け。

    • JR東日本30周年記念 東日本うまいもん弁当

      JR東日本30周年記念 東日本うまいもん弁当

      JR30周年記念弁当。 JRは従来、日本国有鉄道(通称、国鉄)と呼ばれ、現在のJR各社の前身にあたり、今年はJR東日本が発足して30周年に当たる。 JR東日本管内の17都道府県をイメージした料理を詰め合わせた弁当。

    • JR東日本30周年記念 東日本うまいもん弁当

      JR東日本30周年記念 東日本うまいもん弁当

      内容は、信玄鶏照り焼き(山梨県)、鮭の焼き漬(新潟県)、牛タン塩焼き(宮城県)、いも煮(山形県)、切り昆布煮、リンゴシロップ漬け(青森県)、野沢菜てんぷら(長野県)、あんこう唐揚げ(茨城県)、いぶりがっこ(秋田県)、深谷ねぎ柴漬け(埼玉県)、鰯つみれ煮(千葉県)、巻き湯葉煮(栃木県)、蒲鉾(神奈川県)、いか人参(福島県)、ピリ辛こんにゃく(群馬県)、深川めし(東京都)、浅炊き桜海老(静岡県)。

  • 1953年、東京駅名店街が開業。 2005年、東京駅一番街として開業。 地下1階、地上2階建て。 東京駅の八重洲側の地下街は「八重洲地下街」と呼ばれることも。 日本放送協会(NHK)や民間放送在京キー局のキャラクターグッズショップやホビーショップなどがある「東京キャラクターストリート」。 人気ラーメン店を擁する「東京ラーメンストリート」、土産物店が集積する「おみやげプラザ」、飲食店街の「ごちそうプラザ」などがある。

    • 飲食店街

      飲食店街

      八重洲北口エリアには飲食店街が集積する「黒塀横丁」「キッチンストリート」、「北町ほろよい通り」などがある。 イベントスペース「いちばんプラザ」では、テレビ番組や映画の宣伝イベント、キャラクターグッズやスイーツの期間限定店舗の設置などが行われている。

  • 1907年、創業。 致しました。 初代、水原嘉兵衛は、井戸水を使用した水羊羹と葛桜を販売し、評判を呼んだ。 家号の由来は、創業地付近にある日本橋、新橋、京橋など、橋から眺めた水面に月がきれいに写っていたことからであるとか。

    • 東京駅に清月堂

      東京駅に清月堂

      栗を使用した「銀座だより」。 立派な袋に入れられた一つ一つの銀座だよりは風味豊かな和菓子で、贈答用にもピッタリの逸品。

  • 和食中心の居酒屋で、店内は喫煙席と禁煙席が分離する。 北海道から直送されるという食材には定評があり 普段から女性客が多く、日替わり定食などが楽しめる。 この日の日替わり定食は、ご飯にメイン、小鉢、漬物、汁物。 そして、サービスドリンクにアイスコーヒー。 アイスコーヒー以外に、オレンジジュースなども。

  • 東京都や神奈川県を中心とする定期観光バス、貸切バス。 1948年、設立。 1963年、現在の社名に改称。 東京観光や日帰りツアーなどが楽しめる。

  • 1894年、日本初のオフィスビルとして建設。 デザインはイギリス・クイーンアン様式の外観を持つ煉瓦造。 貸事務所となり、会社や銀行が入居していた。 1968年に「第1号館」解体後、2009年に三菱地所が「三菱第1号館」として復元。 1918年、東9号館と改称。 三菱東9号館、三菱旧1号館とも呼ばれた。 設計者は、ジョサイア・コンドル、曽禰達蔵。 現在、企業博物館「三菱一号館美術館」となっている。 1880年代~1890年代に制作された美術品・工芸品を収蔵、展示。

  • 2009年、開業。 コンセプトは、「丸の内コンフォート」。 ファッションや雑貨、日本各地の食の名店や日本初進出の海外のレストランなどが集積する商業施設。

  • 武蔵国豊嶋郡江戸にあった日本の城。 江城、千代田城とも呼ばれる。 麹町台地の東端に位置する江戸城は、扇谷上杉氏の家臣太田道灌が築城。 徳川氏によって改修され、日本最大の面積を誇る城郭となった。 徳川家康が江戸城に入城して以後、徳川家の居城となった。 江戸時代、江戸幕府が開幕し、幕府の政庁となった。 明治時代、首都機能は京都から大坂(大阪)へと遷都する案が大久保利通らによって浮上したが、前島密らが反対。 大坂は短期間、首都となるも、東京への遷都が確定。 以後、吹上庭園が御所、旧江戸城西ノ丸が宮殿の敷地となっている。 国の特別史跡に指定。

    • 周辺は本丸御殿跡

      周辺は本丸御殿跡

      1606年、江戸城の本丸御殿が完成。 以後、地震や火災により倒壊・焼失し、その度に再建。 1863年、焼失以降、再建されずに西ノ丸御殿に機能を移転。 現在、本丸御殿跡は芝生の広場になっている。 写真右には、江戸城跡、本丸跡など。 写真左には、宮内庁や皇居がある。

    • 門

      現在も江戸城氏の名残らしく、多くの門が現存している。 その中でも、興味深いのは、坂下門。 1862年、老中・安藤信正が水戸浪士によって襲撃され負傷した「坂下門外の変」の現場となった。 明治時代以降、皇居の重要な入口のひとつとして使われ、宮内庁の出入口(通用門)として利用。 警備が厳重なため、立ち入り不可。

    • 正門鉄橋と正門石橋

      正門鉄橋と正門石橋

      二重橋は、皇居内にある正門鉄橋と正門石橋の二つの総称。 新年や天皇誕生日など、皇居一般参賀時には正門が開放され、自由に出入りすることができる。

    • 橋を渡ると、皇居へと続く

      橋を渡ると、皇居へと続く

      江戸城の名残と皇居。 観光客らはこの付近に立ち寄り、遠くに見える江戸城址や皇居などを眺めながら、記念撮影を楽しんでいた。

  • 宮内庁や宮内庁関連の省庁が密集する界隈。 第二次世界大戦後、宮城の名称が廃止。 現在、皇居と呼んでいる。 天皇の住居は「御所」、各種公的行事や政務の場である「宮殿」、宮内庁庁舎などがある。 江戸時代、天皇は京都で過ごしていたため、御所、禁裏、内裏などと呼ばれていた。 明治維新後、東京行幸の後に留守となり、天皇の指示で保存されて現在に至る。 現在は、京都御所と称される。 行幸後、大坂に一時滞在し、首都ととなった。 首都機能が東京に遷都後、京都御所は保存され、文化財となっている。

  • 1860年、水戸藩浪士らによる大老・井伊直弼の暗殺事件「桜田門外の変」が起きた場所。 当初、小田原街道の始点であったため、小田原口と呼ばれていた。 1636年、改築。 正式名称、外桜田門。 由来は、当地周辺が「桜田郷」呼ばれていたことから。 内桜田門(桔梗門)に対して命名。

  • 鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した武将。 大阪府南河内郡千早赤阪村出身。 大阪府内では富田林市や茨木市、兵庫県内では神戸市などでその名を残している。 楠木正成は得宗被官でありながら後醍醐天皇による鎌倉幕府の倒幕計画に貢献、 建武の新政の立役者として足利尊氏らと共に天皇を助けた。 尊氏の反抗後は南朝側の軍の一翼を担ったが、湊川の戦いで尊氏の軍に破れて自害した。 明治時代以降、「大楠公」と称されるようになった。

  • 麹町地域の南西側に位置する霞が関は、港区(赤坂、虎ノ門、西新橋)との区境にあたる。 日本の行政機関の庁舎が建ち並んでいることで知られる。 江戸時代、大名屋敷が並ぶ地域であった。 明治時代、大火があり、跡地に外務省(旧福岡藩黒田家上屋敷)や海軍省、有栖川宮邸などが置かれて以後、官庁街へと発展した。 1968年、日本初の超高層オフィスビル「霞が関ビルディング」が完成。

    • 霞が関1丁目

      霞が関1丁目

      農林水産省、林野庁、水産庁、内閣府、厚生労働省、環境省、人事院、法務省、最高検察庁、東京高等検察庁、東京地方検察庁、東京区検察庁、国家公安委員会、公安調査庁、公正取引委員会、東京地方検察庁、東京区検察庁、東京家庭裁判所、東京簡易裁判所、東京地方裁判所、赤れんが棟(法務省旧本館)、東京高等・地方・簡易裁判所合同庁舎、弁護士会館、経済産業省、中小企業庁、資源エネルギー庁、日本郵政ビルなどがある。

    • 霞が関2丁目から3丁目付近

      霞が関2丁目から3丁目付近

      警視庁、総務省、消防庁、国家公安委員会、国土交通省、運輸安全委員会、海難審判所、海上保安庁、観光庁、外務省、財務省、国税庁、 内閣府、内閣法制局、霞が関コモンゲート、文部科学省、金融庁、文化庁、特許庁などがある。

  • 1936年、帝国議会議事堂として建設。 建物は左右対称形。 左は衆議院、右は参議院が配置。 1881年、国会議事堂の建設案が浮上。 設計は、ドイツの建築家ウィルヘルム・ベックマンとヘルマン・エンデ。 当初、ネオ・バロック様式、ルネサンス様式のデザインを採用したが、財政難を理由に、仮議事堂(木造2階建ての洋風建築)を建設したが、焼失。 その後、エンデが引き継ぎ、和風と中国風が混在するデザインであったため、中止に。 1918年、設計のコンペを開催し、宮内省技手の渡邊福三の案を採用。 設計は、ギリシャ様式でルネサンス風の建物。 建設中、関東大震災が発生し、設計図や模型などを紛失。

  • 設計は、岡田信一郎・捷五郎(兄弟)。 構造設計は、内藤多仲。 「明治生命保険相互会社本社本館」として重要文化財に指定。 1928年、当時の三菱第2号館(コンドル設計)に隣接して、新社屋の建設が決定。 指名コンペ方式で、岡田信一郎の案を採用。 1930年、旧社屋も取り壊して、建設となった。 太平洋戦争後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収。 アメリカ極東空軍司令部として使用された。 対日理事会の第1回会議は明治生命館2階の会議室で行われた。 1956年、アメリカ軍から返還された。

  • 1909年、千代田区富士見1丁目に移転。 日本歯科医学専門学校を経て、日本歯科大学に昇格。 日本歯科大学は、私学で、「自主独立」という建学の精神を継承しながら、生命歯学部と新潟生命歯学部の2学部、大学院、付属病院、短期大学、博物館を有する世界最大の歯科大学となった。

  • 「合歓の広場」にあるゴジラの像は、ゴジラ生誕40周年を記念して建立。 1995年、東宝映画「ゴジラvsデストロイア」の公開に合わせて建てられたもので、東宝映画に出演した映画スターの手形のプレートも地面に貼られている。

  • 1964年に開催された東京オリンピックの柔道競技会場として建設。 日本テレビ系列「24時間テレビ」のメイン会場。 設計は山田守、施工は竹中工務店。 モデルは法隆寺夢殿。 八角形の上にある大屋根のイメージは富士山。 日本の武道(柔道・剣道・弓道・相撲・空手道・合気道・少林寺拳法・なぎなた・銃剣道・古武道)の稽古場、競技場、ダンス、マーチングバンド・バトントワリングの競技会に使われるほか、音楽祭、コンサート、格闘技(プロボクシング、プロレスリング、総合格闘技)の興行会場、大学や企業などの大規模な入学式・卒業式・株主総会の会場。 1966年にビートルズのコンサートも行われた。

  • 祭神は、幕末から明治維新にかけての時代に活躍した志士。 1853年のペリー来航(黒船来航)以降、日本の国内外の事変・戦争等、国事に殉じた軍人、軍属等の戦没者を「英霊」と称して祀る。 柱数(柱は神を数える単位)は200万以上に及ぶ。 国家神道の代表的な施設の一つとして知られ、日本の内閣総理大臣や国務大臣の公式参拝が話題となり、時に国際問題化することも。

  • 秋元康がプロデュースする日本の女性アイドルグループ「AKB48」の専用ライブハウス。 コンセプトは、「会いに行けるアイドル」。 日替わりでチームごとに、ほぼ毎日公演。 また、正規メンバーと研究生を合わせて100人を超え、ギネス世界記録に認定。 2005年、デビュー公演が行われた。 劇場へ通じる通路の壁面には、メンバーの肖像写真が飾られている。 写真は、AKB48専用劇場ではなく、駅前にある「AKB48カフェ&ショップ」。 ここでは、AKB48に所属するメンバーのグッズなどが販売され、カフェも楽しむことができる。

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