穴八幡宮
東京都新宿区西早稲田2丁目1-111062年、源義家が奥州からの凱旋の途中、当地に兜と太刀を納め、八幡神を祀った。
的場が造られ、この八幡宮を守護神とした。
宮守の庵を造るため、社僧良晶が南側の山裾を切り開くと横穴を発見。
中からは、金銅の御神像が現れ、掘った人は「芽出度い」と大喜びし、穴八幡宮と呼ばれるようになった。
3代将軍徳川家光は、穴八幡宮を幕府の祈願所・城北の総鎮護とした。
8代将軍徳川吉宗は、世嗣の疱瘡平癒祈願のため流鏑馬を奉納。
蟲封じの祈祷では、皇太子(後の大正天皇)の御蟲封祈祷も行っているという。
冬至の「一陽来復」のお守りでも知られ、毎年冬至の日から翌年節分の日まで多くの参拝客が訪れる。