お気に入りに追加 お気に入りを外す
江戸時代、雅楽頭系酒井家15代、播磨姫路藩第2代藩主として活躍。 1756年、姫路藩世嗣・酒井忠仰の長男。 江戸生まれ。 弟は江戸琳派の絵師・忠因(酒井抱一)。 父が病弱であったため、祖父・忠恭の養嗣子となり、18歳で姫路藩の家督を継いだ。 絵画、茶道、能に優れ、日光東照宮修復を命じられた縁がきっかけで出雲松江藩主の松平治郷と親交を深めた。 姫路藩と松江藩の参勤行列が行き交う際、石州流茶道の手ほどきを受け、石州流茶道皆伝を受け将来は流派を担うとも。 大和郡山藩主の柳沢保光も茶道仲間。 宋紫石・紫山親子から南蘋派を学び、「兎図」「富士山図」等の作品を残した。
2023年12月7日
スポット情報に誤りがある場合や、移転・閉店している場合は、こちらのフォームよりご報告いただけると幸いです。
ご報告いただきありがとうございます。 お送りいただいた内容は、スタッフが確認次第なるべく早く対応いたします。
送信に失敗しました。 お手数ですが、時間をおいて再度お試しください。
ログイン
Facebookでログイン
パスワードを忘れた方は こちら
初めての方は ユーザー登録 をしてください
ご利用のブラウザでは正しく画面が表示されない、もしくは一部の機能が使えない可能性がございます。以下の推奨環境でご利用ください。
推奨環境:Google Chrome 最新版、Safari 最新版
江戸時代、雅楽頭系酒井家15代、播磨姫路藩第2代藩主として活躍。
1756年、姫路藩世嗣・酒井忠仰の長男。
江戸生まれ。
弟は江戸琳派の絵師・忠因(酒井抱一)。
父が病弱であったため、祖父・忠恭の養嗣子となり、18歳で姫路藩の家督を継いだ。
絵画、茶道、能に優れ、日光東照宮修復を命じられた縁がきっかけで出雲松江藩主の松平治郷と親交を深めた。
姫路藩と松江藩の参勤行列が行き交う際、石州流茶道の手ほどきを受け、石州流茶道皆伝を受け将来は流派を担うとも。
大和郡山藩主の柳沢保光も茶道仲間。
宋紫石・紫山親子から南蘋派を学び、「兎図」「富士山図」等の作品を残した。
2023年12月7日