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江戸時代、大阪を代表する町人蔵元「淀屋辰五郎一族」の由緒ある邸跡である。
古書元正間記によれば、 家富み繁昌して屋敷前に橋を掛け淀屋橋と名付けいろは四十八蔵全ゆる宝を買い集め長者号を受く とあり総構へ百間四方二萬坪に及んでいたのだとか。 この小路を淀屋小路と云い屋敷内の南口を云ったものである。
淀屋は、初代常安の時、現在の中之島を開発しその名も常安橋として今も残る。 また、天満青物市場、堂島米市場を創設し、近代の大阪発展に寄与したと言う。 以上のような詳細が刻まれている。
2016年3月30日
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江戸時代、大阪を代表する町人蔵元「淀屋辰五郎一族」の由緒ある邸跡である。
古書元正間記によれば、
家富み繁昌して屋敷前に橋を掛け淀屋橋と名付けいろは四十八蔵全ゆる宝を買い集め長者号を受く
とあり総構へ百間四方二萬坪に及んでいたのだとか。
この小路を淀屋小路と云い屋敷内の南口を云ったものである。
淀屋は、初代常安の時、現在の中之島を開発しその名も常安橋として今も残る。
また、天満青物市場、堂島米市場を創設し、近代の大阪発展に寄与したと言う。
以上のような詳細が刻まれている。
2016年3月30日