観音寺
兵庫県加古川市志方町志方町7201492年、赤松氏の家臣で伊朝を元祖とする櫛橋家の櫛橋則伊によって志方城を築城。
その後、4代にわたり存続した。
1578年、4代城主櫛橋政伊の時、羽柴秀吉に反旗を翻した三木城主別所長治に呼応した。
羽柴軍によって周辺の野口城、神吉城が落城、秀吉の救援に赴いていた北畠信雄が志方城に迫った。
当時、兵は半数以上、赤痢で倒れていた。
また、妹婿に当たる黒田孝高の助言もあり降伏した。
1587年、志方城は落城。
宝岩宗珍和尚は城主の墓碑を守るため、城の本丸跡に観音寺を建立した。