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9. 河内の白肩の津 現在、春日神社があります。
東征で、大和の國のトミに住んでいるナガスネ彦の軍と戦ったと言われている白肩の津。
古事記によると、 “難波の灣を經て河内の白肩の津に船をお泊めになりました。この時に、大和の國のトミに住んでいるナガスネ彦が軍を起して待ち向つて戰いましたから、御船に入れてある楯を取つて下り立たれました。そこでその土地を名づけて楯津と言います。今でも日下の蓼津と言つております。かくてナガスネ彦と戰われた時に、イツセの命が御手にナガスネの矢の傷をお負いになりました。”
抜粋: 古事記 現代語譯古事記 稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳
2019年5月18日
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9. 河内の白肩の津
現在、春日神社があります。
東征で、大和の國のトミに住んでいるナガスネ彦の軍と戦ったと言われている白肩の津。
古事記によると、
“難波の灣を經て河内の白肩の津に船をお泊めになりました。この時に、大和の國のトミに住んでいるナガスネ彦が軍を起して待ち向つて戰いましたから、御船に入れてある楯を取つて下り立たれました。そこでその土地を名づけて楯津と言います。今でも日下の蓼津と言つております。かくてナガスネ彦と戰われた時に、イツセの命が御手にナガスネの矢の傷をお負いになりました。”
抜粋: 古事記 現代語譯古事記
稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳
2019年5月18日