”じないまち”寺内町の発展とともに歩んできた富田林のひな祭り
大阪”じないまち”寺内町の発展とともに歩んできた富田林のひな祭り
まいどまいど! 大阪府内南部に広がる南河内地域の一つに数えられる富田林市。 かつては宿場町として栄えてきた一方、京都興正寺別院を中心とする寺内町として発展した一面を持ってはりまんな。 寺内町では戦国時代からの歴史的建造物がぎょうさん残っておまして、重要伝統的建造物群保存地区として選定、保存されていると同時に、実際に街を歩いてみると、まるで江戸・明治・大正・昭和時代のそれぞれにタイムスリップしてきたかのよう。 町の中心部には静かな時間が流れ、写真撮影を楽しむ観光客や買い物客、参拝客でにぎわおうてはりまんな。 まずは観光案内所で富田林市内の観光に関する情報収集。 地元で人気のパン屋さんや蕎麦屋さん、コロッケ屋など巡りながら、寺内町の今を探っていきまっせ。 また、毎年3月になりますと、寺内町一帯では「じないまち雛めぐり」と題して、ひな祭りに関するイベントが開催され、寺内町にある100ヵ所以上の民家や商店、街角にも小さなお雛様が飾られておました。 大阪では通称、「お雛さん」と呼び、親しまれてまんな。 来て楽しい、見て楽しい。 寺内町でかつての時代を偲びつつ、散策を楽しんでいきまひょ。
大阪府富田林市にある観光交流施設。 2015年、「観光交流施設きらめきファクトリー」が開設。 富田林市の観光文化とにぎわい創出の拠点。 1階には観光案内カウンターがあり、地元特産のせんべいや豆菓子、みそなどを販売。 2階には多目的スペースがある。 企画、運営は、富田林商工会、富田林市観光協会、大阪芸術大学が連携している。
南河内のええもんフェスタ
南河内の特産品、銘菓、物産品等の販売が行われた。
本町、富田林町は「寺内町」と呼ばれており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。 案内地図には、公園付近にある民家や神社、寺院仏閣など、散策地図が刻まれている。
織田作之助・石上露子記念碑
ここでは、織田作之助氏と石上露子氏の記念碑が建立されている。 織田作之助氏、石上露子氏ともに小説家として知られる。 織田氏は大阪市天王寺区で生まれ、34歳のときに富田林市富田林寿町に住む実姉・竹中タツ氏の家に身を寄せて執筆活動を行っていたという。 石上氏は、富田林市の出身で知られ、現在は、旧杉山家住宅として保存されている。
お雛様を飾りつつ
普段は多くの子供たちの姿でにぎわいを見せる小さな公園。 今回は、富田林市内に通う保育園児の皆さんによって作られた「お雛様」が飾られた。
扉には、営業中。 のぞいてみてください。 とある。 勇気を出して、扉を開けて、のぞいてみた。 自然食品を取り扱うお店らしく、健康を意識した珍しい商品が並ぶ。
自然食品店&玄米菜食レストラン
「肉や魚は使用していませんが、よろしいですか?」 玄米のご飯と、野菜だけと言うご主人。 メニュー表にも、肉や魚、たまご、乳製品、砂糖、小麦粉も使用していないと書かれている。
大阪府内の伝統工芸品のPR・販売を目的に行う「なにわの伝統工芸品展」。 木材加工された製品や竹細工、包丁などが並んでいた。
昔ながらの雰囲気漂う大阪府富田林市にある寺内町。 実はここ富田林寺内町は、興正寺別院を中心に発展した宗教自治都市として知られ、今でも多くの木造建築物の家屋を見物することができ、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された貴重な地域である。 普段は静かな雰囲気の中でゆっくりとした時間が流れ、まるで江戸時代にタイムスリップしたかのよう。 寺内町ではカフェや蕎麦屋、パン屋、飲食店、雑貨店、観光案内所などがあり、のんびり過ごすことができる。 そんな素敵な町並みの中で最近、注目を集めている富田林の新しい名物が、最高級の海老芋を使用した 海老芋コロッケ
海老芋コロッケ
「海老芋」とは里芋の一種で、そり曲がった形状と表面の縦縞模様から海老芋と呼ばれている。 富田林市内で多くが栽培され、京都の料亭などに出荷される高級の京野菜高級食材としても知られ、大阪では「なにわ特産品」にも認定されているという。
八軒茶屋さんのすぐ隣、パン工房の泰さん。 なんでも数量限定で販売する「寺西さん家のクリームパン」が人気で、午前中には完売になると言い、それを知らずに訪れたときにはすでに完売していた。 店頭並ぶパンには、湧水を使用し、その中でも寺西さん家のクリームパンは、カスタードクリームがたっぷり入ったパンで、卵は、地元富田林産の「別井の寺西養鶏所のさしみ卵」を使用しているとか。 富田林のブランドにも認定され、ますますの注目を集めているというこのクリームパン。 一帯、どのような味なのか。 その一端でも味わってみたい。
クリームチーズサンド
店を入ってすぐの場所にクリームチーズサンドが期間限定で並んでいた。 早速、手に取り、口にしてみた。 チーズの食感と程よい甘さで、おやつにぴったりの逸品である。 昔ながらの風情漂う寺内町でぜひ皆さんも味わってみてください。
- アプリで地図を見る
「手打ちそば」との文字が掲げられ、暖簾を掻き分けて扉を開けて中に入ると、落ち着いた雰囲気が漂う。 メニューを見ると、手打ちそばやつけ麺、鴨そばなどが並ぶが、その中でも「そばと赤ねこ餠のセット」を選んだ。
鴨そば
奥からは鴨の入った温かい出汁と蕎麦、豆腐が出てきた。 寒い冬、冷えた体を一瞬にして温めてくれる。 店内を見渡すと、以前にテレビの取材があったのか、テレビタレントとして活躍するブラックマヨネーズ・小杉さんの写真が並ぶ。 芸能人も訪れる八軒茶屋。 蕎麦だけやなく、赤ねこ餅、そして、寺内町ワインも最近、注目を集めている。 御蕎麦のセットで予算は、~1000円程度。
本町、富田林町は「寺内町」と呼ばれており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。 ここでは、寺内町の歴史・文化についての案内、市民の交流の場として利用されている。
1820年頃、建築。 1700年代、当家は代々屋号を岩瀬屋と称していたが、大阪府河内長野市岩瀬から、当地に移住したという。 家業は材木商を営み、村役を務めていたとか、 母屋を核として土蔵、納屋、新座敷を配す。 妻面の庇は、兜に似ていることから「兜造り」という。
公園内には車道や信号、道路標識、横断歩道などが整備され、交通マナーを学ぶことができる。 乗用車の乗り入れはできないので、安全に学習・遊ぶことができる。
杉山家は、富田林寺内町の創設に携わった旧家のひとつ。 江戸時代、木綿問屋を営み、その後、酒造業に専念し、明治時代まで続いた。 1600年代、建設され、国の重要文化財に指定された。 また、明星派の歌人、石上露子の生家でもある。 本名を杉山孝と名乗り、与謝野晶子(大阪府堺市出身)らとともに活躍した。 ここでは、石上露子についても紹介している。 江戸時代から明治時代に「大床の間」の老松の障壁画の前で狂言や謡いが開かれていたといい、「じないまち雛めぐり」でもじないまち謡講の仕舞と謡を楽しむことができる。 また、江戸末期から明治初期のものと推定される「ひな人形」を特別展示。
- アプリで地図を見る
寺内町の町並み、歴史、文化などが紹介されており、無料で見学できる。
1560年、京都府にある興正寺第14世証秀上人が創建した。 興正寺別院の表門は桃山城の城門の一部として知られている。 寺内町は当寺院を中心に発展し、現在に至る。
江戸時代から明治時代にかけて富田林寺内町に酒造業の同業組合が設立され、「エビス講」と呼んでいた。 戎神社は「エビス講」により祭られていたが当地に遷座。 御神体は一時的に美具久留御魂神社に祭られたが、戦後、「富栄戎講」が設立され、御神体を当地に迎えた。 毎年1月9日、美具久留御魂神社の宮司による祈祷が行われている。 また、商売繁盛にご利益があることでも知られ、1月9日から11日にかけて「十日戎」の行事が行われ、多くの参拝客でにぎわう。
寺内町の成り立ちを示す坂の地形や、伝統的な町家の保存、情報発信を目的とした施設。
眺望
広場からは石川、金剛山、葛城山、二上山をはじめ、富田林市街地を一望することができる。
富田林寺内町と呼ばれており、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。 1600年頃の街並みの雰囲気が残っている。 1560年、西本願寺派興正寺第14世・証秀が、石川の河岸段丘を購入。 周辺地域の住民「八人衆(中野・新堂・毛人谷・山中田)」の協力により、興正寺別院の建立、屋敷や町割等を行い、富田林に改称した。 八人衆の功績により、年寄役となり、寺内町の自治を行った。 また、城之門筋が日本の道100選に選定されている。
町全体で楽しむ
多くの家屋では一般開放され、内部まで見学できた施設も。 また、各家屋では昔ながらのひな人形が展示され、色鮮やかな色どりを演出していた。 観光客らはスマートフォンやデジタルカメラなどを取り出し、それぞれの角度から記念撮影を楽しんでいた姿も。
- アプリで地図を見る