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醤油発祥の和歌山で、たま駅長と出会い、松の木を眺めながら友ヶ島を目指す旅

醤油発祥の和歌山で、たま駅長と出会い、松の木を眺めながら友ヶ島を目指す旅

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    観光

醤油発祥の和歌山で、たま駅長と出会い、松の木を眺めながら友ヶ島を目指す旅

まいど! 醤油発祥の地として知られる和歌山県有田郡湯浅町では複数の企業が湯浅醤油っちゅうブランドで現在も製造、販売を行ってまんねん。 湯浅醤油にて工場を見学、マスコットキャラクターと出会い、お土産を眺め、購入。 その他、大阪の老舗総合電機メーカーとして知られるパナソニックの創業者、松下幸之助はんの出身地として知られ、実際にこの場所で幼少時代を過ごしていたという。 大阪市に出て、丁稚奉公となり火鉢店や自転車店、電力会社などを転々としながら、パナソニックを創業しはりましてんけど、現在は公園として整備されておます。 ほんでまた、現在のネコブームの火付け役ともなったネコの駅長で初代たまが活躍していた駅舎が。 現在は、「ニタマ」が駅長に昇格し、初代たま駅長の後を継ぐ招き猫。 そして、人形を奉納する淡嶋神社には約2万体を数える無数の人形が神社の境内に所狭しと並べられている。 この光景は全国的にも珍しく、時々、マスコミにも取り上げられるほど。 最後に、第二次世界大戦当時の面影を残す友ヶ島を散策。 ここでは戦争の生々しさが現存され、建物がほぼそのままの形で現存しているなど、和歌山の面白さは、無限大。

  • 和歌山県に拠点を置く日本の調味料メーカーとして知られ、「生一本黒豆醤油」の他、金山寺味噌造りの際に産生する溜を使用した「九曜むらさき」、「カレー醤油」などが主力商品。 小学校でのマイ醤油プロジェクトを行うなど、食育の取り組みも行っているとか。 湯浅醤油とは一般に、湯浅町で醸造される醤油のことを指すため、同社の醤油を指すわけではないという。 湯浅町では同社の他、数社が湯浅醤油の名を使用している。

    • 湯浅醤油のしょうちゃん

      湯浅醤油のしょうちゃん

      湯浅町湯浅で活躍するキャラクター「しょうちゃん」。 醤油工場の見学をしていると出会うことができる。 旅の思い出に記念撮影でも、いかが?

    • 湯浅醤油名物のしょうゆまんじゅう

      湯浅醤油名物のしょうゆまんじゅう

      しょうゆらしい香りと味がまんじゅうとコラボした珍しい逸品。 旅の疲れを癒すかのように甘いまんじゅうは、口の中でとろけていく。

  • 江戸時代に活躍した商人として知られ、略して「紀文」「紀文大尽」と言われた。 20代の頃、紀州みかん、塩鮭で富を築き、江戸八丁堀へ移住。 江戸幕府の側用人柳沢吉保や勘定奉行の荻原重秀、老中の阿部正武らに賄賂を贈り接近したと言われる。 上野寛永寺根本中堂の造営で巨利を得て幕府御用達の材木商人となるも、深川木場を火災で焼失、材木屋は廃業。 幕府から十文銭の鋳造を請け負ったが、質が悪く通用が停止されてしまったとか。 深川八幡に移住し、宝井其角らの文化人とも交友。 現在は、松下幸之助が建てた紀伊國屋文左衛門生誕の碑が建立されている。

  • 総合電機メーカーのパナソニック(前身の松下電気器具製作所、松下電器製作所、松下電器産業)の創業者として知られる松下幸之助。 松下幸之助はこの地で生まれ、幼少時代を過ごした。 現在、この公園には遊具が設置され、子供たちの遊ぶ声がこだまする。

    • 松下幸之助生誕の地

      松下幸之助生誕の地

      松下幸之助は、1894年11月27日、和歌山県和歌山市禰宜で生まれた。 父は、小地主の松下政楠。 母は、とく枝。 父が米相場で失敗して破産。 一家で和歌山市本町1丁目に転居し、下駄屋を始めた。 事業は失敗し、店は閉店。 尋常小学校を4年で中退し、9歳で大阪府大阪市に転居。 丁稚奉公となり、宮田火鉢店、五代自転車など職を転々とする。 大阪で見た路面電車を見て感動し、電気に関わる仕事を選択した。

    • 松下幸之助生誕の地

      松下幸之助生誕の地

      家が松の大樹の下にあったところから松下の姓を用いたとする。

  • パナソニックの創設者の松下幸之助が、地元への感謝を込めて自費で建設。 和歌山市に寄付した。

  • 別名、加太淡嶋神社、加太神社。 全国の淡島(嶋)神社・粟島神社・淡路神社の総本社。 境内では無数の人形が奉納され、その数は2万体とも。 2月8日の針祭、3月3日のひな流しなどでも有名。 祭神は、少彦名命、大己貴命、息長足姫命(神功皇后)。 日本を創造したと伝えられる少彦名命と大己貴命の祠が加太の沖合いの友ヶ島のうちの神島(淡島)に祀られたことが始まり。 婦人病、安産、子授けなどにご利益があるとか。

  • 和歌山電鐵貴志川線の駅。 最近の猫ブームの火付け役ともなった「たま駅長」が過去に活躍していた。 1933年、伊太祈曽駅と当駅間の延伸に際し、和歌山鉄道の駅として開業。 和歌山電気軌道、南海電気鉄道との合併により貴志川線の駅となる。 2006年、和歌山電鐵への継承により無人化。 2007年、駅の売店「小山商店」の飼い猫「たま」が駅長に就任。 同居する「ちび」「ミーコ」も助役に就任。 2010年、開業以来の初代駅舎を解体し、新駅舎建設。 新駅舎「たまステーション貴志駅」竣工、使用開始。 2012年、三毛猫「ニタマ」が駅長代理に就任。 2015年、ニタマ駅長代理が駅長に昇格、「たま2世」を襲名。

    • たま駅長のたま

      たま駅長のたま

      当駅の売店の飼い猫「たま駅長」で話題を呼んだ。 かつて、駅と倉庫の間に置かれていた猫小屋の土地が紀の川市の公有地となって撤去を求められ、飼い主は困っていた。 そこで、和歌山電鐵では、たまを駅長に就任させるという案を打ち出した。 客招きの功績からスーパー駅長に任命され、水戸岡鋭治デザインの猫用の駅長室が設置。 2015年、たま駅長の死去に伴い、ニタマ駅長代理が駅長に昇格、たま2世を襲名した。

  • 友ヶ島と加太港を結ぶ航路を運航。 戦後、南海電鉄グループにより友ヶ島の観光開発が進められた。

  • 紀淡海峡(友ヶ島水道)に浮かぶ無人島群(地ノ島、神島、沖ノ島、虎島)の総称。 対岸の加太にある淡嶋神社は、神島が発祥の地とされる。 江戸時代、紀州藩の藩主の徳川頼宣の命令を受けた紀州藩の蘭学者、李 梅渓が虎島内に葛城修験道における「行場」を書いた文字を彫った。 これを「五所の額」という。 沖ノ島では鹿、孔雀が棲息。 過去に、南海電鉄グループが観光用として放たれたもの。 公衆便所では、屎尿の汲み取りが出来ないため、水は一切使用しない。 そこで、杉のチップを用いて微生物の働きによって汚物を分解し、それによって作り出された液によって便器を洗浄して再利用する自立循環型の「バイアニクストイレ」を採用。

    • 旧日本軍の遺構

      旧日本軍の遺構

      明治時代、旧日本軍により、外国艦隊の大阪湾への進入を防ぐ目的で、沖ノ島内と虎島に砲台や防備衛所が造られた。 第二次世界大戦までは要塞施設として使用され、一般人の立入は禁止。 当時の地図や地形図にも記載されなかった。

    • 土木学会選奨土木遺産に選定。

      土木学会選奨土木遺産に選定。

      戦後、友ヶ島全体が瀬戸内海国立公園に指定され、終戦時に爆破処分された第2砲台以外は軍事施設跡が比較的良好な状態で現存。

    • 懐中電灯が必要です

      懐中電灯が必要です

      どこにつながっているの? 目の前の光景に思わず疑ってしまうような現実がそこにあります。 階段を下りてみると、そこには・・・。

    • さらに奥に進んでみる?

      さらに奥に進んでみる?

      砲台跡に広がる暗闇の迷路では多くの人がスリルを味わっている。 これはもしかすると、お化け屋敷よりもドキドキ感が!? カメラのフラッシュだけでは写真撮影に限界が。

    • ようやくたどりついた奥の部屋

      ようやくたどりついた奥の部屋

      ここは火薬庫?防空壕?食糧庫? 実際に使用されていたであろう地下室は真っ暗で、懐中電灯一個やデジタルカメラのフラッシュ機能だけでは全体を見るのは不可能。 旧日本軍の皆さんの現実が広がる。

    • 東経135度線の通る子午線広場

      東経135度線の通る子午線広場

      2007年、友ヶ島は東経135°線上にあることから、友ヶ島灯台完成135周年記念「友ヶ島135°」が行われた。

    • かつてのキャンプ場、バンガロー村

      かつてのキャンプ場、バンガロー村

      南海電鉄グループの観光開発により、島内では、キャンプ場やバンガロー村として賑わっていたが、観光客数の減少により、撤退。

    • 旧日本軍の遺構

      旧日本軍の遺構

      屋根は劣化し、壁は剥がれ落ち、かつての面影を失いつつあるが、現在も、友ヶ島の片隅でたたずんでいる。

    • 旧日本軍の宿舎跡

      旧日本軍の宿舎跡

      かなり劣化が進んでいるが、旧日本軍が使用していたとされる宿舎が残っている。

    • 旧海軍聴音所跡

      旧海軍聴音所跡

      建物は港からかなり離れた場所に位置するが、当時の面影を残している。 現在は、廃墟となり、中を自由に出入りすることができる。

    • 探照灯跡

      探照灯跡

      自然豊かな島の一つ、友ヶ島。 ここも、緑が生い茂る中、見つけた廃墟。 こちらも、中を自由に出入りすることができる。

    • 大きな穴

      大きな穴

      大小さまざまな山が連なるようにして形成された友ヶ島を歩いていると、随所に大きな穴が見える。 気になったので、近づいてみると、大人2、3人が入れるであろう大きさで、これがまさしく防空壕か。

    • 砲弾

      砲弾

      友ヶ島の港で船を待っていると見つけた砲弾。 もちろん、安全な状態で保存されているが、当時の戦争のすさまじさを実感できる貴重な遺産であろう。

  • 地ノ島と沖ノ島には灯台。 沖ノ島の灯台は明治初期に作られた5基の洋式灯台として知られ、現役。

    • 明治の姿をそのままに

      明治の姿をそのままに

      日本で8番目に竣工した西洋式灯台、そして歴史的文化財的価値が高いAランクの保存灯台。 建設当時はイギリス製の3等不動レンズ、石油3重芯ランプを使用していたとか。 経済産業省「近代産業遺産群 続33」の認定。

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