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人生に躓いたら外房へ…一泊二日で神様を拝みに行こう!

人生に躓いたら外房へ…一泊二日で神様を拝みに行こう!

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人生に躓いたら外房へ…一泊二日で神様を拝みに行こう!

東京から気軽に足を運べるアーバンリゾート房総半島。 でも、オンシーズンは夏だけだと思っていませんか? 仕事や恋愛、その他モロモロ…人生で落ち込んだことがあったとき。 外房の海はあなたを優しく包み込んでくれることでしょう。 そして神様へ願を掛ければ人生、意外と上向くかもしれません。 傷ついた心を癒やす外房一泊二日の旅へ、行ってみませんか?

  • 東京駅から特急列車で1時間ちょっとで上総一ノ宮駅に到着します。 特急料金不要の快速電車でも1時間半程度と、ギリ通勤圏内。 ですが、ここまで来ると雰囲気はもはやリゾート気分! 落ち込んでいた気持ちが少しホンワカしてきますよ。

    • 一泊二日で房総に行くなら「南房総フリー乗車券」がオトク!

      一泊二日で房総に行くなら「南房総フリー乗車券」がオトク!

      外房線は茂原、内房線は木更津。この両駅から房総半島の先にあるエリアの鉄道やバスが2日間乗り放題になるオトクなフリー乗車券。 往復の運賃込みですが、発着駅によって料金が異なります。

    • “サーフィンのメッカ”一宮町は門前町にして城下町でもあります

      “サーフィンのメッカ”一宮町は門前町にして城下町でもあります

      千葉県一宮町は別名「サーフタウン」とも呼ばれるサーフィンのメッカ。 通称「波乗り道路」こと県道30号線沿いには数多くのサーフショップやカフェ、レストランが軒を連ねています。 それでいて一宮藩加納家一万三千石の城下町にして、上総一宮玉前神社の門前町でもあります。 サーフィン、城下町、神社…一宮町は新旧三つの顔を併せ持った味わい深い町なのです。

    • 一宮城は加納藩一万三千石の居城

      加納城は小藩ゆえ陣屋、しかも往時の建物は残っておりません。 一宮加納藩は文政9(1826)年に伊勢八田藩主の加納久儔が移封して立藩。 二代藩主久徴は幕政の要職を歴任し、公武合体政策も積極的に推進。 このため皇女和宮が徳川十四代将軍家茂に降嫁の際、京から江戸までの警護役を務めました。 和宮は功績を讃え、降嫁の際に乗った駕籠を下賜。 その駕籠は今、城址の西にある東漸寺に所蔵されています。

  • 上総一ノ宮駅から歩くこと10分余。 住宅街の真ん中に上総一宮玉前神社(たまさきじんじゃ)はあります。 「玉前」という社号は祭神「玉依姫命(たまよりひめのみこと)」に由来する説が有力。 また、玉依姫命の姉である豊玉姫命(とよたまひめのみこと)が海中の「龍宮」から、玉之浦(九十九里浜の古称)南端の太東崎に上陸したことから玉崎(前)になったという説もあります。 豊玉姫命と玉依姫命の姉妹は龍宮の主、海神(わたつみ)の娘なのです。

    • 日本むかし話「海彦山彦」との関係

      日本むかし話「海彦山彦」との関係

      豊玉姫といえば日本むかし話「海彦山彦」の弟、山彦こと日子火火出見命(ひこほほでのみこと)の妻。 ここで「海彦山彦」のあらすじをザックリたどってみますね。 でも「日子火火出見命」は長いので便宜上「山彦」と呼ぶことにします。 漁師の兄・海彦と狩人の弟・山彦は一度、互いの仕事を経験してみようと道具を交換。 ところが山彦は兄から借りた釣り針を海で失くし、途方に暮れてしまいます。

    • 豊玉姫命と山彦…その出会いは海底の宮殿「龍宮」

      豊玉姫命と山彦…その出会いは海底の宮殿「龍宮」

      そこへ潮路を司る神が現れ、海中の龍宮にある桂の木の上で待つよう助言。 言われた通り待っていると豊玉姫が現れ、事情を聞いてくれることに。 海神は山彦を竜宮へ招き入れると、そのまま豊玉姫と結婚させました。 海神のおかげで釣り針を取り戻した山彦は故郷へ戻り、海彦に釣り針を返したものの兄の怒りは収まりません。 そこで山彦は海神から預かった汐の干満を操れる宝玉で海彦を懲らしめましたとさ…というお話です。

    • 豊玉姫命の出産を覗き見た山彦を襲った悲劇とは?

      豊玉姫命の出産を覗き見た山彦を襲った悲劇とは?

      この話、実は後日譚があります。 こちらのほうが重要なのですが。 山彦の子を身籠った豊玉姫は夫を追って龍宮から上陸してきました。 陸の上でお産をすることになったのですが、豊玉姫は山彦に出産中の姿を絶対に見ないよう約束を迫ります。 でも、その言葉を不思議に思った山彦は約束を破り、コッソリ覗き見てしまいました。 すると豊玉姫は巨大なワニに姿を変え、腹這いになってのたうち回っていたのです!

    • 姉の息子と結ばれた玉依姫命が生んだ御子とは…!

      姉の息子と結ばれた玉依姫命が生んだ御子とは…!

      ワニはサメとの説もありますが、いずれにせよ、その姿を見た山彦は驚きの余り即座に遁走! 一方の豊玉姫も見られたことを恥ずかしく思い、御子の鵜茅葺不合命(うがやふきあえずのみこと)を出産すると、妹の玉依姫命に養育を託して龍宮へ戻ってしまいました。 玉依姫命は陰日向となって鵜茅葺不合命を育まれた後、なんと鵜茅葺不合命と結婚。 叔母の玉依姫命と甥の鵜茅葺不合命の間には四柱の御子が誕生しました。

    • ここは女性の一生を司る女神様が鎮座する聖地

      ここは女性の一生を司る女神様が鎮座する聖地

      最後に生まれた末弟の神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと)こそ、初代天皇の神武天皇。 その御母堂が主祭神だけあって、ここは「女性」にとって霊験あらたかな神社。 縁結びに始まり、月経、妊娠、出産、育児…。 こうした女性の心身にまつわる神秘的な作用は「月」を司る玉依姫命ご自身のお導きによるものと言われています。 出会いがないとか恋愛や育児に悩んでいるとか、そうした女性は参詣されてみては?

    • 門前蕎麦かと思いきや普通の町場の食堂だった「布袋庵」

      上総一ノ宮駅へ引き返す途中『布袋庵』という蕎麦屋を見かけました。 門前蕎麦の店かと思って入ると、気の置けない町場の普通のお蕎麦屋さん。 同店オススメの「季節の野菜かき揚げ天ざる」を注文しました。 蕎麦は飛び切り美味いわけではなく、さりとて不味いわけでもなし。 一方、かき揚げは揚げ過ぎといってもいいほどカリカリ。 でも、このぐらい揚げてもらったほうが天ざる蕎麦に合う感じがしますね。

  • 御宿の海岸沿いにあるリゾートホテル「サヤンテラス」に宿泊しました。 御宿は夏ともなれば大勢の海水浴客が押し寄せ、ホテルの料金もうなぎ登り。 ですがシーズンオフにはサーファーの姿ぐらいしか見当たらず、料金もリーズナブルに。 御宿にはホテルや民宿が数多くありますが、ここは館内のトーンを南国テイストで統一してあるのが特徴。 シーサイドデッキで海を眺めながらボーッと過ごすのもまた、贅沢な時間の使い方と言えましょう。

    • 館内には大浴場と喫煙室、館外には海辺のテラス

      館内には大浴場と喫煙室、館外には海辺のテラス

      夏場は海水浴客が押し寄せるホテルなので、1階には海水客用のシャワールームと大浴場が設えてあります。 シーズンオフでも大浴場にお湯は湧いてます。 客室にシングルルームはありませんが、一人客はダブルルームを利用できます。 夜は浜辺に打ち寄せる波の音を子守唄に、眠りに就けることでしょう。

    • 1階レストランの朝食は結構イケてます

      1階レストランの朝食は結構イケてます

      レストランでは朝/昼/晩と食事を提供しています。 このうち朝食のみ頂きました。 バイキング形式のサンドウィッチやフルーツをピックアップしてバスケットに入れ、飲物と一緒に館外の海岸やプールサイドへ持ち出せます。 朝、大勢のサーファーたちが波乗りに興じる姿を眺めながら味わう朝食。 なかなかない経験でした。

    • 童謡「月の砂漠」の舞台は御宿の浜辺!?

      ♫月の砂漠をはるばると~ でおなじみの童謡「月の砂漠」。 御宿をこよなく愛した詩人の加藤まさをが描写した歌詞の舞台は、ここ御宿の浜辺だと言われています。 「月の沙漠記念館」は加藤の作品や資料を展示。 また、御宿にゆかりのある文人や画家たちを紹介しています。

  • 安房神社(あわじんじゃ)はJR館山駅からだとJRバスで直接行けますが。 外房線千倉駅からだと館山日東バスに乗り、安房白浜でJRバスへの乗り換えが必要です。 安房白浜は温泉が湧き、海岸沿いにはホテルや旅館が立ち並ぶ温泉マリンリゾート地。 でも、一人でハシャいでハジけられるような場所ではなさそうなので、今回はパス。

    • 安房神社前バス停から境内へ

      安房神社前バス停から境内へ

      バス停から表参道を通って境内へ。 参道の両側は普通の住宅と農地が混在し、ほとんど商店はありません。 大木が林立する並木道でも、商店や飲食店が立ち並ぶ仲見世でもなく。 大きな神社の参道にしては意外と地味な印象を受けます。 その突き当りには真っ白な鳥居。 両脇に建つ石灯籠の色も、すべて白で統一。 夏になれば強烈な日差しに映えることでしょう。 いかにも海辺の神社という雰囲気を感じさせてくれます。

    • 鳥居へ続く広大な参道は桜の名所

      鳥居へ続く広大な参道は桜の名所

      安房神社の起源は、神武天皇から「肥沃な土地を探せ」と命じらえれた天富命(あめのとみのみこと)が、まず南海道阿波国(徳島県)に上陸したところから始まります。 そこで麻や穀(カジ=紙などの原料)などを植栽し、開拓を進めました。 その後、天富命一行は更なる肥沃な土地を求め、阿波国に住む忌部(いんべ)一族を引き連れて船に乗り、黒潮へと漕ぎ出します。 海路はるばる漂着した場所こそ、ここ房総半島の南端でした。

    • 海に近い神社ならではの真っ白な鳥居

      海に近い神社ならではの真っ白な鳥居

      天富命一行と忌部一族は、ここが麻の栽培に適していたことから「総国(ふさのくに)」と命名。 「総」とは古代語で「麻」と同義で、ここでも麻や穀を播植し産業地域の拡大に尽力します。 同時に上陸地点を出発地と同じ「阿波」と呼び、後に「安房」へ変わったとされます。 天富命は男神山・女神山に祖先の天太玉命(あめのふとたまのみこと)と、后神の天比理刀咩命(あめのひとりめのみこと)を祀り、これが後の安房神社に。

    • 千葉県南部「安房」のルーツは徳島県の「阿波」

      千葉県南部「安房」のルーツは徳島県の「阿波」

      天太玉命は“宇宙造化神”高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の孫で、あらゆるモノを生み出す力が御神徳という日本の産業創始の神様。 また、天太玉命の末裔である忌部氏は朝廷の祭祀を担当してきた氏族。 祭祀に用いる祭具の製作部門を管轄していたことから、忌部氏もあらゆる産業の総祖神とされています。 天太玉命は天照大神が天岩戸に閉じこもった折にも、御出現を願う祭礼で重職を担いました。

    • 仕事の悩みは「すべての産業を創始した神」に願掛け!

      仕事の悩みは「すべての産業を創始した神」に願掛け!

      祭礼を挙行する際、天太玉命は忌部氏を指揮して必要な鏡や勾玉、幣帛や織物、武具などを作り出します。 現在も神事で用いられている玉串や幣帛、注連縄などの神具は、すべて天太玉命がルーツなのです。 この故事が天太玉命を「日本の産業創始の神」たらしめる由縁となっています。 仕事が上手く行かず悩んでいる方は、あらゆる産業の始まりの神を祀った安房神社に参拝すれば、好転へのきっかけをつかめるかも知れません。

    • 境内に広がる「館山野鳥の森」

      境内に広がる「館山野鳥の森」

      表参道の西側に広がるのが「館山野鳥の森」。 林野庁の「日本森林浴の森100選」にも指定されている自然豊かな森です。 年中無休で営業時間は9~16時半。 木々の濃厚な緑の中で小鳥のさえずりを聞きながら森林浴を楽しめば、都会のウサも晴れるってもの。 入り口にある「ふれあい野鳥館」には野鳥や植物を自然に近い状態で再現したジオラマ展示コーナーをはじめ、図書コーナーや休憩コーナーなどがあります。

  • 房総半島の突端のほど近く、小高い山の頂に鎮座する小さな神社。 館山駅からJRバスが出ていますが、本数が限られているので事前に調べておくことをお勧めします。 神社の周囲には隣に由緒正しきお寺「養老寺」、少し歩いたところに小さな漁港があるぐらいで、商業施設などは本当に何もありません。 それどころか、神社には宮司さんすら常駐しておりません。 純粋に神様へお祈りするための御宮、それが洲崎神社なのです。

    • 后神天比理刀咩命を祀る「女神の社」

      后神天比理刀咩命を祀る「女神の社」

      祭神は天比理刀咩命(あめのひとりめのみこと)。 安房神社の祭神天太玉命(あめのふとたまのみこと)の后神が、こちらではメインになっています。 平安時代の延喜式神名帳には「后神天比理刀咩命神社」と記載。 それ以前には「洲ノ神(すさきのかみ)」と称されていたそうです。 寿永元(1182)年には北条政子が安産を祈願したこともあり、安産の神様として御神徳を集めています。

    • 随神門と148段の石段

      随神門と148段の石段

      鳥居をくぐって先へ進むと、コンクリート製の堅牢な「随身門」が立ってます。 寺院の山門に相当するもので、比較的大きな神社にしかありません。 随身門をくぐると次に迎えてくれるのは長ロングな石段。 標高110mの御手洗山(みたらしやま)に鎮座している社殿まで全148段あります。 とはいえ登るのに必死で数えるどころじゃなかったので。 館山市教育委員会のサイトに掲載されていた数字を拝借しました。

    • 千葉県指定天然記念物「洲崎神社自然林」

      千葉県指定天然記念物「洲崎神社自然林」

      石段を登りながら、社殿の背後に広がる森の梢が醸し出す清冽な空気と相俟って、気持ちが落ち着きます。 この森は神域で氏子の信仰対象なので、過去に伐採されることなく保護されてきました。 昭和47(1972)年9月29日には「洲崎神社自然林」として県指定天然記念物に指定され、現在に至っています。

    • 鬱蒼とした森の中に佇む古社へ捧げる祈り

      鬱蒼とした森の中に佇む古社へ捧げる祈り

      やっとのことで石段を登り切ると、そこに広がるこじんまりとした境内。 小学校の体育館ほどの面積はあるでしょうか。 正面中央に古色蒼然とした質素な社殿が佇んでいます。 本殿は延宝年間(1673~81)の造営と伝わっています。 しかし装飾部分に江戸時代中期以降の彫刻が多く、創建後も大規模な修理が加えられているようです。 昭和42(1967)年2月21日、館山市から有形文化財に指定されています。

    • 運と天気が良ければ霊峰富士が拝めるかも!?

      運と天気が良ければ霊峰富士が拝めるかも!?

      門前から海へ細い道が伸び、突き当りに鳥居が立っています。 空気が澄んでいれば鳥居の中から富士山が望めるそう。 ですが生憎この日は霊峰の勇姿を拝むことは叶いませんでした。 今から800年以上も昔、この海を超えて源頼朝は安房国にやって来ました。 治承4(1180)年8月、伊豆で挙兵した頼朝は平家に敗北。 僅かな供回りだけを伴い真名鶴岬(現在の真鶴岬)から小船で脱出し、守護千葉常胤を頼って安房国へ。

    • 源頼朝が再起を図った神社で願を掛けよう!

      源頼朝が再起を図った神社で願を掛けよう!

      頼朝は雌伏の時を過ごす中、源氏再興と平家打倒を祈願し洲崎神社へ参籠したそうです。 同年秋、頼朝は関東諸軍を組織し大軍を従えて陸路を西進。 鎌倉に本拠を構えて平家を討伐し、征夷大将軍となり幕府を開府…と、どちらの祈願も叶えました。 人生で何かをしくじった方は再起を期すべく、頼朝にあやかってここに参拝されるといいかも知れません。

    • 東京湾を護る「吽(うん)形」御神石

      東京湾を護る「吽(うん)形」御神石

      海岸沿いに「御神石(ごしんせき)」なる“聖跡”が鎮座しています。 長さ2.5mで石質は付近の岩石と異なるとか。 御神石は竜宮から洲崎大明神に奉納された2つの石のひとつ。 もう1つは対岸の三浦半島に飛んで行き、浦賀の西にある安房口神社に安置されてます。 安房口は先端に丸い窪みがある「阿形」、洲崎は口を閉じたような裂け目がある「吽形」。 両者は東京湾の入り口を守る狛犬のように祀られています。

    • 隣の養老寺にある頼朝ゆかりの「一本薄」

      隣の養老寺にある頼朝ゆかりの「一本薄」

      隣には洲崎観音養老寺があります。 養老元(717)年創建で開祖は役行者(えんのぎょうじゃ)。 観音堂には本尊で洲崎神社の本地仏でもある十一面観世音菩薩が鎮座しています。 境内に「一本薄」という、ススキが群生する一角があります。 頼朝が洲崎神社へ参詣した際、昼食で箸代わりに使ったススキを「我が武運強ければここに根付けよ」と言いつつ地に挿したところ、本当に根付いたという伝承によるものです。

  • 旅のおしまいは館山駅。 ただ、東京駅方面の内房線には特急列車が走っていないので、普通列車を乗り継いでいくと相当時間がかかります。 「南房総フリー乗車券」を利用していないのなら高速バス、あるいは久里浜と浜金谷を結ぶ「東京湾フェリー」を利用するのも手かも知れません。

    • 館山の「新・ご当地グルメ」は「館山炙り海鮮丼」と「館山旬な八色丼」

      館山の「新・ご当地グルメ」は「館山炙り海鮮丼」と「館山旬な八色丼」

      館山駅に行くと「館山炙り海鮮丼」「館山旬な八色丼」というチラシを発見。 「新・ご当地グルメ」という観光客向けに開発されたメニューです。 「館山炙り海鮮丼」は炙り海鮮、刺し身、花ちらし寿司が三段重ねになった丼もの。 「館山旬な八色丼」は八犬伝に因み、旬の地場産食材を8つの小丼で味わうもの。 特に「八色丼」は品数が豊富で酒の肴になりそう。 丼に「仁義礼智忠信孝悌」の八文字が入っているのもいいですね。

    • 館山の「新・ご当地グルメ」、まず予約しないとありつけません!

      でも、大きな問題があります。 駅近くで供しているのは2店だけで、うち1店はランチのみ。 残りの1軒も限定25食というから、売り切れは必至。 それでもダメ元というか一種のリサーチ的な気分で、駅前の寿司屋に行ってみました。 すると案の定、昼食の時点で既に売り切れ。 ハナから期待していなかったので別段ガッカリもしませんでしたが。

    • 提供できる店舗が限られた「ご当地グルメ」の存在意義とは?

      駅へ向かいながら再びチラシに視線を落とすと「全店予約可能 食数限定 全70食(1日)」と記されてます。 「館山旬な八色丼」は市内5店舗で1日当たり合計70食のみの提供。 ちなみに「館山炙り海鮮丼」は同じ5店舗で1日当たり115食のみ。 つまり「予約しないと、まずありつけませんよ」と言っているようなもの。 気軽に食べることのできないメニューをプッシュすることの意味、良く分かりませんでした。

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かの有名なさざれ石もありました

市橋 朝子
市橋 朝子

16/09/22

経堂 薫
境内には他にも「はだしの道」とか不思議なものがありますよね!

雨もそれはそれで素敵

市橋 朝子
市橋 朝子

16/09/22

経堂 薫
晴天より雨模様のほうが玉依姫様の霊力が高まりそうな気がします

駅前の魚料理やさん 刺身定食500円からありました!

市橋 朝子
市橋 朝子

16/09/22

経堂 薫
こうした素朴なお店が再開発などで消えないことを祈っております

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