
菅原道真ゆかりの防府天満宮
山口菅原道真ゆかりの防府天満宮
まいどまいど! 山口県を代表する観光名所の一つといえば、防府天満宮。 ここは、福岡県の大宰府に向かう途中、菅原道真公が立ち寄った場所として知られ、今も学問の神様として広く信仰を集めてはりまんな。 菅原道真公といえば、大阪では豊中市の服部天神宮や大阪市の大阪天満宮などにも立ち寄ったといい、様々な伝説が残っている。 その他、「ここは淡路島?(兵庫県)」という誤解から生まれた淡路という地名は大阪府大阪市東淀川区におまして、現在も淡路という地名・駅名で使用されてまっせ。 さて、そんな菅原道真公でんねんけど、ここ山口県防府市に立ち寄り、道真の没後に創建された防府天満宮は「日本最初に創建された天神様」として知られてまんねん。 また周辺にはJR西日本山陽本線の防府駅、駅前には商店街があるの他、自由律俳句の俳人として活躍した種田山頭火(本名、種田正一)に関する作品や資料を保管、展示している施設もあり、観光地としての一面も持ってはりまっせ~。 その他、ういろうも名物やねんやとか。 防府と書いて、「ほうふ」。 天満宮で「抱負」と「豊富」を抱きつつ、まちをゆったりじっくりと観光していきまひょ!
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西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の停車駅の一つ。 1898年、三田尻駅として開業。 1899年、日本で初めてとなる食堂車連結の急行列車が山陽鉄道京都駅と三田尻駅との間で運行開始。 1900年、日本で初めてとなる寝台列車が神戸駅との間で運行開始。 2011年、防府おどりをアレンジした接近メロディを使用開始。 駅出口は、南北に2箇所あり、それぞれ愛称がある。 北口は防府天満宮に因んで「てんじんぐち」、南口は三田尻中関港に因んで「みなとぐち」。
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飲食店や雑貨店などが立ち並ぶ。 商店街は防府天満宮の表参道の一部となっており、多くの参詣客でにぎわっている。 毎月5日、天神五日市が開催されている。 また、「萩往還」の道標がある。 萩往還とは、江戸時代、城下町の萩から山口市内を通り、瀬戸内海に臨む防府市の三田尻を結んだ街道(全長約53km)。 江戸時代、毛利氏が江戸への参勤交代「御成道」として開かれた。 山陰と山陽を結ぶ「陰陽連絡道」は庶民にとっても重要な交通路の一つとなり、幕末には吉田松陰や高杉晋作、坂本龍馬など維新の志士たちが往来した。
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銀座商店街
別名、幸せます通り。 飲食店や雑貨店などが立ち並ぶ。 商店街は防府天満宮の表参道の一部となっており、多くの参詣客でにぎわっている。 「幸せます」とは山口県の方言で、「幸いです・うれしく思います・助かります・ありがたいです・便利です」という意味。
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自由律俳句の俳人として活躍した種田山頭火(本名、種田正一)に関する作品や資料を保管、展示している施設。 種田山頭火の生涯や山頭火が句を投稿した雑誌、種田酒造場で使用していた徳利、出版した句集などの実物資料の他、日記や鉄鉢などのレプリカ資料などが展示されている。
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京都の北野天満宮、福岡の太宰府天満宮と並ぶ、日本三大天神の一つ。 祭神は、菅原道真。 菅原道真は宮中での権力争いで失脚し、九州の大宰府に左遷され、その途中に立ち寄った一つが防府とされ、現在、学問の神様として全国的に広く信仰を集めている。 904年、道真の没後に創建され、「日本最初に創建された天神様」として知られている。 かつて、松崎天満宮、宮市天満宮と称していた。
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御神幸祭
2月には天神様の乗られる牛車を引く牛を取り替える儀式の牛替神事、8月には道真の生誕を祝う御誕辰祭、11月には約1トンある御網代を引っ張って、表参道の大階段を下り、表参道の階段を上っていく御神幸祭(別名、裸坊祭)などが催される。
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境内
境内には、楼閣式の参籠所「春風楼」がある。 当初、長州藩第10代藩主の毛利斉熙が五重塔の建立に着手したが、不慮の支障によって工事が中断し、1873年に作られた。
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境内
春風楼からは防府市街地を一望することができる。
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山口県を代表する和菓子の一つ「ういろう」を製造販売する。 1932年、創業。 室町時代より伝わる山口県の外郎はワラビの粉に砂糖を加え、蒸して作られているとか。
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ういろう
ういろうは、こしあん・小豆・抹茶・柚子の四種類。
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