倉吉で暮らしよし!白壁土蔵を眺める散策
まいどまいど! 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された打吹玉川地区。 昔ながらの雰囲気漂う街並みの中で、まるで時間が止まったかのような錯覚も。 かつて当地には西日本旅客鉄道(JR西日本)の前身にあたる日本国有鉄道の倉吉線があったといい、市内中心部には倉吉駅。 通勤客や通学客らでにぎわいを見せていたといい、現在は観光客らのにぎわいを見せてはりまんな。 また大相撲力士で横綱として活躍した琴櫻傑將ゆかりの博物館があり、施設内では大相撲に関する歴史や横綱として活躍していた琴櫻の紹介、展示を行ってまっせ。 入り口には琴櫻の像があり、貫禄ある姿は圧巻。 その他、この界隈には酒蔵や醤油醸造所があり、地元のお土産にもおすすめ。 そんな倉吉は飲食店や雑貨店などが立ち並ぶ商店街として「はばたく商店街30選」に選出。 梨をテーマとした日本で唯一の博物館の鳥取二十世紀梨記念館では梨のすべてがわかるだけでなく、梨を中心としたお土産も販売してはりまんねん。 これからも期待されるそんな倉吉の街並みはホンマに暮らしよし。
ブリューラボ倉吉 / BrewLab KURAYOSHI / 倉吉ビール
倉吉ビールが製造販売するビール。 2019年、設立。 倉吉市初代名誉市民の磯野長蔵氏は日本の実業家であり明治屋やキリンビールの社長や会長を歴任。 そんな倉吉を全国にアピールしようと設立されたとか。
打吹城跡
標高約204mの打吹山山頂付近に築城。 室町時代、伯耆国の守護・山名氏により守護所とされた。 1360年頃、伯耆の守護・山名時氏の嫡男である山名師義が築城したとされ、田内城から守護所を移した。 城下には商工業者が集められ、市が開かれるなど活況を呈した。 1524年、出雲国尼子経久による「大永の五月崩れ」で山名氏は没落したとも。 1562年、南条宗勝が打吹城を管轄下に置く。 天正年間には毛利氏が入り、南条氏攻めの拠点となった。 1585年、羽柴秀吉と毛利氏の和睦後、羽衣石城主・南条元続の支配下に入る。 南条元続は一族の南条備前守、小鴨元清、重臣の山田越中守を置いて、打吹城の守備にあたる。
倉吉ふるさと工芸館
倉吉は江戸時代から木綿を特産品とした。 稲嶋大助が花、鳥、山、水の絵かすりを折り始め「倉吉絣(かすり)」として普及させた。 絵を織り込んだような複雑で精巧な模様が特徴の「倉吉絣」を展示販売。
弁天参道
宗派は浄土宗。 720年、打吹山東隣の華到山麓の法界門に創建された大蓮寺が起源。 1580年頃、善蓮社然誉上人文翁が大連寺の3寺を統合させ、新たに建立、開山。 1955年、本堂を再建。 成徳小学校や倉吉西高等学校の前身にあたる。 豪商淀屋清兵衛歴代の墓や武将脇屋義助所縁の寺として知られる。
倉吉ワイナリー
葡萄畑での葡萄を「栽培」から「醸造」まで行う「日本ワイン」を製造販売する専門店。 モットーは「鳥取の葡萄から至高の日本ワインをめざして」。 カフェやショップ、試飲コーナーなどがある。 2018年、設立。
高田酒造
日本酒「此君」などを製造販売する専門店。 1875年創業。
倉吉線鉄道記念館
鉄道保存展示施設。 1912年、倉吉軽便鉄道として開通。 1985年、日本国有鉄道(国鉄)倉吉線が廃線。 当時の写真や信号機、資料等、貨車移動用ディーゼル機関車等を展示、保存。
鳥取二十世紀梨記念館
梨をテーマとした日本で唯一の博物館である。 2001年、興和紡績倉吉工場跡地に開館。 設計はシーザー・ペリと大建設計。 多目的コンサートホールの鳥取県立倉吉未来中心も併設。 古代寺院跡の大御堂廃寺歴史公園が隣接。 伽藍は観世音寺式伽藍配置(川原寺式伽藍配置)で、金堂を西、塔を東、講堂・僧房を北に配し、回廊が金堂・塔を囲んで講堂も。 大規模な僧房や上水道施設(木樋)も。 三明寺古墳を築造した有力豪族が久米郡の郡司氏族になるとともに氏寺として営んだとも。
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