せやせや!関西が好っきゃねん
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がんばろう神戸!しあわせ運べるように・アニメストリート

がんばろう神戸!しあわせ運べるように・アニメストリート

まいどまいど! 震災復興を象徴する町の一つと言えば、兵庫県の神戸市。 特に長田区では1995年に発生した阪神淡路対震災(兵庫県南部地震)によって、多くの店舗、家屋が倒壊または半壊するなど甚大な被害を受けました。 そんな辛さ・悲しさにある中で、少しでも明るくしていきたい、元気な神戸への復活をとの思いから、歌「しあわせ運べるように(臼井 真氏が作詞・作曲)」が発表され、周辺の小学校の授業にも取り上げられました。 歌詞の「生まれ変わる神戸の町に届けたいわたしたちの歌。しあわせ運べるように」という思いの下、仲間を一生懸命、励まし合い、悲しみに暮れる神戸の町にはいつしか一筋の希望の光が差し込み、未来に向かうために一歩ずつ歩み始めました。 「傷ついた神戸をもとの姿にもどそう。支えあう心と明日への希望を胸に」 その思いで商店街が立ち上がりました。 また、漫画家の横山光輝さんの出身地である長田区で、作品の鉄人28号や三国志のモニュメントが飾られました。 さあ、次は神戸の町が笑う番です。 長田名物そばめしを食べて日本で一番笑顔であふれる神戸の町で素敵な一日を。

いかなごのくぎ煮発祥の地
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いかなごのくぎ煮発祥の地

当地では古くからいかなご漁が盛んで、周辺は砂浜であった。 砂浜では左義長祭が行われ、東西それぞれがお山を上げ、神社から出た行司のお山の前で倒しあい、勝った方が網入れの優先権を得る。 そして底引き網にていかなご漁が行われたとか。 988年、左義長の始まりとされ、このころにいかなご漁が始まったとされる。 底引きで捕られるいかなごは成魚となったフルセ。 平安時代、駒ヶ林には現在の税関にあたる玄蕃寮の出先機関があり、大陸との外交の要所であった。 その後、いかなごを砂糖と醤油、生姜で炊いて食していた。

駒林神社
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駒林神社

別名、八幡神社、駒ヶ林八幡宮、駒ヶ林の厄神さん、駒ヶ林の八幡さん。 「厄除の宮」とも言われ、毎年1月18日から20日にかけて行われる厄除大祭には多くの参拝者で賑わう。 祭神は応神天皇(誉田別命)、猿田彦大神、奇稲田姫命。 1178年、務古の水門の一部にあたる。 足利尊氏が西国敗走の折、奉詣して、社前の浜より乗船したとされる。 1830年、井山城守石原清左衛門が社殿を改築、井戸ノ町若中より狛犬一対が奉納。 1995年、阪神・淡路大震災に被災。 2013年、阪神・淡路大震災にて倒壊した大鳥居が第六十二回伊勢神宮式年遷宮と出雲大社遷座祭が共に行われたこの年に氏子により復興。

平清盛上陸の地
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平清盛上陸の地

平清盛は、厳島神社参詣の途中に上陸したという。

海泉寺
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海泉寺

宗派は臨済宗。 1266年、東尻池の宝満寺が寛心禅師の教化で真言宗から禅宗に改宗。 海泉寺は宝珠庵、慈眼庵、松月庵、松源庵とともに建てられ、宝満寺の子坊となった。 1288年、漸岸覚俊禅師が暴風雨にあい、大樹に身を寄せて一心に観音経を念誦すると大樹の頂に龍灯が輝き、その導きで無事宝満寺に帰ることができた。 その奇端に感じ、圓明国師を開山に創建された。 1874年、焼失し、現在地にあった慈眼庵に移転し、海泉寺とした。 1923年、本堂改築の時、阿弥陀堂の木材を利用。 阿弥陀堂の棟札に1815年建立とあり、この堂に祀られていた阿弥陀三尊仏が今の本尊である。

湯川秀樹の碑
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湯川秀樹の碑

湯川秀樹の銘による全人類の幸福を祈る梵鐘を新鋳。

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