大宰府学校院跡
福岡県太宰府市観世音寺4丁目1太宰府市のWebによると、
学校院は、西国の役人を養成する機関である。
学校院では、博士を教官として、中国の「五経」「三史」等の書物を教科書に、 政治・医術・算術・文章など、役人として必要なことを学んだ。 古代の教育システムでは、通常は国(ほぼ現在の県にあたる)ごとに国博士がおかれるが、 筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後の六国には博士はおかれず、学生は大宰府で修学した。
学生は、所定年内に必要な科目を修得した後に、試験に合格すれば役人として採用される。
天応元年(781)には約200人の学生が大宰府に集まったとの記録がある。