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ういろう伝来の地(石碑) 宗派は臨済宗大徳寺派。 山号は石城山。 開基は法弟月堂宗規。 石城は元寇防塁にちなむ博多の異称。 1316年、開基。 草創の寺地は博多湾岸の沖の浜にあり、遣明使一行が宿泊するなど対外交渉の一拠点。 天正年間に焼失、黒田長政入国後、現在地に遷座。 墓地には、黒田家重臣、博多の豪商である神屋宗湛、鎖国の禁を破り長崎で処刑された伊藤小左衛門ら。 また、ういろうの起源とも云われ、鎌倉時代に薬として伝えたのが始まり。
2024年4月17日
2019年10月11日
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ういろう伝来の地(石碑)
宗派は臨済宗大徳寺派。
山号は石城山。
開基は法弟月堂宗規。
石城は元寇防塁にちなむ博多の異称。
1316年、開基。
草創の寺地は博多湾岸の沖の浜にあり、遣明使一行が宿泊するなど対外交渉の一拠点。
天正年間に焼失、黒田長政入国後、現在地に遷座。
墓地には、黒田家重臣、博多の豪商である神屋宗湛、鎖国の禁を破り長崎で処刑された伊藤小左衛門ら。
また、ういろうの起源とも云われ、鎌倉時代に薬として伝えたのが始まり。
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