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北雁木跡
浜名湖を渡る渡しの船を遠景を描いている。なお、画面中央の大きい山はない。
2021年5月18日
浜名湖今切渡しの舞坂宿側の渡船場跡で明暦三年(1657年)から寛文元年(1616年)にかけて構築された。その後、江戸時代には災害で幾度か修復されている。両側の石垣の白い部分は昭和二十八年の台風で石垣が崩れたため積みなおしたものである。 雁木とは階段状になっている船着場のことをいうが、地元では「がんげ」と昔からいっている。 舞坂宿には三ヶ所の渡船場があったが、一番南側は主に荷物の積み降ろしをした渡荷場。真ん中は旅人が一番多く利用した主要渡船場で本雁木と呼ばれている。 この北雁木は主に大名や幕府公用役人が利用したところで、往還から幅十間(約18メートル)の石畳が水際まで敷きつめられているとの事。
2020年11月8日
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北雁木跡
浜名湖を渡る渡しの船を遠景を描いている。なお、画面中央の大きい山はない。
2021年5月18日
浜名湖今切渡しの舞坂宿側の渡船場跡で明暦三年(1657年)から寛文元年(1616年)にかけて構築された。その後、江戸時代には災害で幾度か修復されている。両側の石垣の白い部分は昭和二十八年の台風で石垣が崩れたため積みなおしたものである。 雁木とは階段状になっている船着場のことをいうが、地元では「がんげ」と昔からいっている。 舞坂宿には三ヶ所の渡船場があったが、一番南側は主に荷物の積み降ろしをした渡荷場。真ん中は旅人が一番多く利用した主要渡船場で本雁木と呼ばれている。 この北雁木は主に大名や幕府公用役人が利用したところで、往還から幅十間(約18メートル)の石畳が水際まで敷きつめられているとの事。
2021年5月18日
2020年11月8日