東向日の向こうには・・・
京都東向日の向こうには・・・
まいどまいど! 京都の向日市の北に位置する阪急京都線の東向日駅周辺には何があるのか、早速、散策してみました。 向日市では激辛が有名のようで、激辛商店街で活躍するマスコットキャラクター・からっキーがお出迎え。 からっキーはスコヴィル星出身でからっキーのあごをなでると幸運が舞い込むという伝説も。 駅の近くには向日市を中心とする情報発信や観光案内などを行っている向日市観光交流センター「まちてらす MUKO」があり、地元産野菜や向日市を中心とするお土産品の販売、カフェダイニングも。 また、向日市では古墳時代、豪族の居館があったといい、居館の中心施設となる中海道遺跡の豪族居館と祭殿がが発掘され、大形の掘立式建物は祭りの儀式に使用されていたとも。 森本遺跡では、静岡県登呂遺跡と並ぶ代表的な弥生時代の水田跡として知られている。 遺構からは土器や石器、鍬や石包丁などの農具の他、人面付壺形土器が出土。
京都向日市激辛商店街で活躍するマスコットキャラクター。 出身はスコヴィル星。 自慢はイケてるあご。 京都向日市激辛商店街の熱い想いをPRする。 からっキーのあごをなでると幸運が舞い込むという伝説も。 好物は辛いもの。 楽しく踊れるからっキーの歌「ヒ~ハ~からっキー!!」。
向日市を中心とする情報発信や観光案内などを行っている。 また、地元産野菜や向日市を中心とするお土産品の販売、カフェダイニングも。
1994年の発掘調査により発見された飛鳥時代から平安時代にかけての集落。 平安時代の建物群や土壙というゴミ捨て穴、溝の他、長岡京の掘立柱建物や井戸なども発見。
1970年、小学校の建設予定地から弥生時代の水田と、その水路跡が発見された。 森本遺跡は、静岡県登呂遺跡と並ぶ代表的な弥生時代の水田跡として知られている。 遺構からは土器や石器、鍬や石包丁などの農具の他、人面付壺形土器が出土。 森本遺跡の水路跡から出土した土器は、悪霊を祓い豊作を祈るマツリが行われていた。 また、長岡宮の官衛跡の調査により、高床式倉庫の一部と推測される掘立柱や溝が発見された。 水の中からは、土師器・須恵器などの土器とともに、木槌、漆器、へら、人形などの木製品が出土。 こうした遺物から、長岡宮官衙(役所)の存在が予想される。
古墳時代、豪族の居館があった。 1995年に発掘調査が行われ、居館の中心施設となる祭殿が発見された。 大形の掘立式建物は祭りの儀式に使用されていたとも。
物集女氏の居城。 物集女氏は乙訓の土豪のリーダーとして活躍した。 1575年、織田信長配下の細川藤孝に当主・物集女忠重入道宗入が謀殺された。
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向日町駅は西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線の停車駅の一つ。 向日町駅は京都府内で最も歴史の古い鉄道駅である。 1876年、官設鉄道が大阪駅から延伸した際の終着として開業。 官設鉄道が大宮通仮停車場まで延伸し、途中駅となる。 1987年、国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。 1999年、住友大阪セメント向日町サービスステーションの専用線が接続し、近江長岡駅(伊吹工場)からのセメント輸送が行われていたが、廃止。 かつては、日本石油・シェル石油の油槽所、陸上自衛隊桂駐屯地、キリンビール京都工場までの専用線もあった。
西国街道
1592年、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉は朝鮮への出兵に伴い、西国街道の整備に着手。 道沿いの田や畑を取り込んで拡幅され、幹線道路としての姿が整えられた。