
天城を越えて…天城に泊まる!
静岡天城を越えて…天城に泊まる!
2018年4月に「ユネスコ世界ジオパーク」として認定された伊豆半島。 首都圏から近く手軽に足を運べることもあり、年間4500万人が訪れるという人気の行楽地です。 しかしマスコミの視線は伊東や下田など海岸沿いが中心。 伊豆半島ド真ん中の天城越えには、なかなかスポットが当たりません。 そこで「第42回おでかけプランコンテスト」で頂戴した旅行券を活用。 公共交通機関と徒歩だけで「天城越え」にチャレンジしてきましたよ。 ==== 2019年の秋に作成したプランなのですが、諸事情で手間取っているうちに越年。 おまけに春先からの新型コロナウイルス蔓延で、すっかりネタボケになってしまいました。 ここで紹介している各施設は営業を休止している場合が多いので、ご確認のうえご利用ください。
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正式な名称は「旧天城山隧道」。 かつて伊豆半島を南北に分断し交通の障害となっていた天城山。 南北を往来するには「天城越え」という難所を通らねばならず、大きな妨げとなっていました。 そこで莫大な費用と長い年月をかけ、人力でトンネルを掘削。 天城山隧道の完成で天城超えの難所は解消、東京と下田との往来が飛躍的に短縮されました。 現在では「新天城トンネル」という新道が開通、旧道は過去の“遺物”に。 しかし、現在では国の重要文化財として文明開化の“名残り”を今に伝えています。
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台風15号の爪痕
普段はバスや自家用車も通行している道路ですが、9月8〜9日に襲来した台風15号の爪痕が大き過ぎて工事車両以外は一切通行止め。 おかげで車の来ない広い道路を独占、森林浴を堪能できました。
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日本の道100選「天城路」の碑
天城路は建設省(現・国土交通省)が1986~87年に選出した「日本の道100選」のひとつ。 具体的には下田から旧天城山隧道を経由して天城湯ヶ島へ向かう約19kmの区間を指します。
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寒天橋
石川さゆりの名曲「天城越え」にも登場する小さな橋。 バス停もありますが、この日は運休でした。 橋名の由来は、この近辺に寒天工場があったから…らしいです。
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ジブリっぽい風景を見かけたので撮っておきました
行き交う人も車の往来もない、静寂の中を歩く。 聞こえるのは川のせせらぎ、鳥のさえずり、木々の葉が触れ合う音ぐらい。 そんな中、苔むした丸太を発見。 用材として使われる日は、果たして来るのでしょうか?
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旧天城山隧道南口
森林浴にしては長すぎる距離を歩き続け、ようやく旧天城山隧道の南側入口に到着。 昨今のピカピカ明るいコンクリート製トンネルに比べて薄暗く、入るのには少し勇気が要ります。
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南伊豆の執念が結実したトンネル
旧天城山隧道は明治38(1905)年、旧天城湯ヶ島町と河津町の連絡を目的に開通しました。 総工費10万3,016円44銭1厘という、当時としては破格の予算が投じられたそうです。
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総工費10万円は現在の貨幣価値で4億円超
単純には比較できないのですが、それを承知で総工費10万3,016円44銭1厘を現在の貨幣価値に換算してみると… 白米10kgを基準にすると、明治38(1905)年が約1.2円、現在が約5000円。 その差4500倍、ということは… 103016.441✖️4500=463573984.5 4億6357万3984円5銭という計算になります。
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トンネル内も漆黒と静寂の世界
現在の感覚だとトンネル工事に4億6千万円は普通の金額に思えますが。 まだまだ予算の少ない明治時代では、まさに破格の金額でした。 坑内は全て手掘りに石積みと、まさに手作り感満載! 照明も少なく薄暗い坑内は冷んやりとして、このままトンネルを抜けたら明治時代にタイムスリップするのでは…という錯覚に襲われます。
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旧天城隧道北口
トンネルを抜けると、そこは明治時代… なんてことは当然なく、北側の出入口。 国内最長・最古の石造道路隧道は幅4.12m、距離445.5m。 1998年9月に国の登録有形文化財、2001年には道路として初めて国の重要文化財に指定されています。
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「踊子歩道」とは?
現在では「踊子歩道」の名所の1つでもある旧天城山隧道。 「踊子歩道」とは浄蓮の滝と天城峠を経由して河津七滝の間に整備された全長18.5kmほどの遊歩道。 川端康成の『伊豆の踊子』で学生と踊り子が歩いた道がコースとなっているそうですよ。
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遥かなる0.3kmの道のり
さて、旧天城山隧道を抜けて国道414号に戻るのですが、ここに「天城峠バス停」の案内板が。 0.3km約10分の誘惑に魅かれてフラフラと入って行ったのですが…。
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礫の道
ところがどっこい! 台風15号の被害を受け、ただでさえ細い遊歩道が礫岩で覆い尽くされていました。 足を取られないよう慎重に歩を進めて行ったので、10分で到着どころの話ではありません。 だがしかし! 小石に足を取られてスッテンコロリン。 思わず手を着いた先には尖った石が…。 左の掌をザックリ切ってしまい、流血の大惨事に。
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ようやく「天城峠」バス停へ
左掌から流血したまま再び名ばかりの遊歩道を慎重に歩き続けること約30分、ようやく「天城峠」のバス停に到着。 幸いバス到着の10分前でした。
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河津七滝と書いて「かわづななだる」と読みます。 昔から河津では滝を「水が垂れる」 という意味で「垂水(たるみ)」と呼んでいたので「ななたき」ではなく「ななだる」と呼ぶそう。 河津七滝に沿って全長850mの遊歩道があり、案内板には片道約1時間かけて巡ることが出来る…とありますが。 結構キツい傾斜や階段もあったりして、体力的に不安を抱えている人には1時間じゃ足りないかもですね。
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大滝(おおだる)
全長約30m×幅約7mと七滝の中で最大の高さを誇ります。 2011年9月の台風で損壊した遊歩道が17年8月3日、約6年ぶりに開通。 通年で瀑布を拝めるようになりました。
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洞穴の湯
大滝は実質的に大滝温泉天城荘の管理下にあります。 滝自体は無料ですが、滝壺へ降りる途中の「洞穴温泉」で入浴するには所定の料金が必要です。
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露天風呂
遊歩道を下り切ると滝壺を間近に臨む場所に露天風呂が。 こちらも入浴できますが、所定の料金が必要です。
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出会滝(であいたる)
この近くで河津川と萩の入川が合流することから、その名が付きました。 全長約18m ×幅約2mと小ぶりな、滝壺の蒼さが印象的な滝です。 落差は一応2mになってますが、二段落ちの滝なので表記はマチマチ。 細長い階段をダラダラ下って行くと突き当たりに迫力こそないものの、美しい湖が広がっています。
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カニ滝(かにだる)
高さ約2m×幅約1mと決して大きな滝ではありませんが、15mに亘って連なる渓流はダラダラ散策するのに好適。 「ブラタモリ」でお馴染みの柱状節理が蟹の甲羅に見えるので「カニ滝」と呼ばれるようになったそうです。
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初景滝(しょけいだる)
河津七滝のハイライトともいえる「初景滝」。 高さ10m×幅7mと大滝より小ぶりですが、至近距離まで近づけるので撮影ポイントになってます。
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ブロンズ像「踊り子と私」
ここにはブロンズ像「踊り子と私」があり、白い瀑布とのコンビネーションが撮影スポットとして人気がありますよ。
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蛇滝(へびだる)
高さ3mと短い滝ですが、見所は川の両側を埋め尽くす玄武岩。 その模様が蛇の鱗のように見えるので「蛇滝」と命名されたそうです。
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エビ滝(えびだる)
流れの形状が海老の尾ヒレに似ていることから、この名が付いたそうな。 高さ5mと滝自体あまり迫力は感じられませんが、見所は瀑布と滝壺を取り囲む岩の形状。 他の6滝と異なり別の溶岩流で形成されているため、七滝で柱状節理を見ることができない唯一の滝です。
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釜滝(かまだる)
いよいよ河津七滝の掉尾を飾る釜滝。 高さ22mは大滝に次ぐ、かつては地獄谷と恐れられていたほど。 玄武岩の上から覆いかぶさる様に流れ落ちる雄大さは迫力満点!
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台風15号の爪痕
釜滝を間近で眺められるよう遊歩道や吊り橋が整備されていたのですが、台風15号により破壊されてしまいました。 1日も早い復旧が望まれます。
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毎度おなじみ道の駅。 伊豆に名称そのまま「天城越え」があります。 天城峠周辺の1600haにも及ぶ森に作られた大自然公園「昭和の森」に建設されました。
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山のレストラン・緑の森(グリューネ・ヴァルト)
お土産店「緑の森」の奥に広がる広々としたレストラン。 「グリューネ・ヴァルト」という店名に相反して、麺類、定食類など和食が中心。 セルフサービスで、まず店頭のガラスケースからメニューを選び、先にレジで会計を済ませ、呼ばれたら料理を取りに行くというスタイルです。
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イノシシ丼
名物は天城特産のイノシシ肉を用いた「イノシシ丼」。 天城のイノシシ肉は日本三大産地のひとつに数えられるそうで、他の二カ所は岐阜県の郡上と丹波篠山の由。 伊豆の野山を駆け回ったイノシシの肉は高タンパク低カロリー。 ジビエ料理の癖もなく、普通の肉料理として味わえました。
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ハローキティの絆創膏
左手に傷を負ったため売店「緑の森」にて絆創膏を所望。 ところが女性の店員は「ありません」とつれない返事。 だがしかし! 「そういえば…」と急にレジを出ると道の駅に付き物のキャラクターグッズ売り場に駆け寄り「これならあります」と差し出したのが…ハローキティの絆創膏。 案の定…と思ったものの背に腹は変えられず、お高めの代償を支払い購入。 おかげ様で傷は取り敢えず塞がったのでした。
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道の駅「天城越え」内にある観光施設。 館内には天城の植物や動物などの自然をパネル・ビデオで紹介する「森の情報館」と「伊豆半島ジオパーク天城ビジターセンター」、それに有料の「伊豆近代文学博物館」などがあります。
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伊豆に所縁の深い作家の資料が充実「伊豆近代文学博物館」
「伊豆近代文学博物館」には伊豆に関係の深い作家120人に関する資料原稿等が展示されています。 特に川端康成と井上靖に関する展示資料が充実しており『伊豆の踊子』の肉筆原稿などは見ものです。
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井上靖が湯ヶ島で5歳から13歳まで過ごした家が移築保存されています
井上靖は軍医だった父の赴任先、旭川で生まれました。 1歳の時、父の従軍に伴い母の郷里、湯ケ島に移住。 5歳で両親と離れ、湯ヶ島で祖母かのに育てられます。 13歳の時かのが死去、家族のいる浜松に引っ越しました。 この間、実際に住んでいた井上邸が保存されています。 明治23(1948)年に建造された木造2階建ての住宅。 昭和58(1983)年ここに移築されました。 状態が良く、今でも住める気がします。
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井上靖の名を学校の教科書ぐらいでしか目にしたことのない方へのシンプルな履歴紹介
1907(明治40)年5月6日、北海道旭川市生まれ。 36(昭和11)年に京大を卒業、大阪毎日新聞に入社。 在職中の50(昭和25)年に『闘牛』で芥川賞を受賞。 退職後は新聞小説作家として地位を確立。 主な著書は『天平の甍』『しろばんば』『敦煌』『楼蘭』など。 日本ペンクラブ会長、日中文化交流協会会長等を歴任。 76(昭和51)年に文化勲章受章。 91(平成3)年逝去、享年83。
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伊豆のエネルギー源、水車
水量が豊富な伊豆では昔から水車が動力源として活用されてきました。 脱穀だけでなく、製材所でのこぎりを動かしたり、加冶屋でふいごを動かしたりと用途は様々。 その後、化石燃料への移行もあって水車は廃れます。 が、最近では再生可能エネルギーへの評価と相俟って水車も再評価。 現在でも小規模産業にて僅かではありますが稼働しているそうです。
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「旧天城隧道」の石碑
中庭には「登録有形文化財 旧天城隧道」の石碑があります。 もとは「天城山隧道」の北口に設置されていましたが、2002(平成14)年1月30日、隧道が重要文化財に指定されたのを機に移転されました。
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〝日本の滝百選〟にも選ばれている伊豆随一の名瀑「浄蓮の滝」。 一直線に流れ落ちる滝は高さ25m、幅7m。 コバルトブルーの美しい滝壺は深さ15m。 天城山にある滝の中で最大級を誇ります。 滝の見物に料金は不要。 国道414号線沿いに駐車場があり、車なら気軽にアクセスできるのも魅力。 駐車場から滝壺までは200段ほど階段があり、往復で20~30分ぐらい。 滑りやすいので履きなれた靴が無難です。 現在では駐車場から滝への降り口近くに「展望デッキ」が設置されており、 階段を降りることなく滝の麗姿が拝めますよ。
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「浄蓮」の由来は?
対岸の山裾に以前あった寺院「浄蓮寺」にちなんだものだとか。 なお、浄蓮寺は豪雨による山崩れで押し流され、現存していません。 この折、浄蓮寺に祀られていた弁財天が自らの足で歩いて滝壺の中へ身を沈めた…との伝説があります。 この伝承に基づき建立された「浄蓮の滝弁財天」が近くにあります。 昔から崖崩れが多かった滝周辺は、弁財天が入水された後から不思議と地盤が安定したとかしないとか…。
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「天城越え」歌碑
ご当地ソング「天城越え」は石川さゆりの大ヒット曲。 伊豆天城の〝空気〟を作品に反映すべく、作詞の吉岡治、作曲の弦哲也、編曲の桜庭伸幸の3人が天城湯ヶ島の温泉旅館「白壁荘」に泊まり込んで製作したそうです。 ちなみにこの「白壁荘」は「白壁」と名を変え、現在も営業しています。
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「滝見茶屋」とわさびラムネ
滝壺の近くに「滝見茶屋」という土産物店があります。 天城名物の生わさびやわさび漬けは無論、わさびソフト、Tシャツ、のれんなどバラエティに富んだ土産品が所狭しと並んでいます。 ここでチョイスしたのが「わさびラムネ」。 ラムネと特産品のわさびをコラボさせたご当地ドリンク。 ですが、わさびそのものは原材料に使用していないそう。 味は…わさびテイスト薄め。 そりゃ人工甘味料だもんね。
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伊豆といえば…わさび!
川岸にわさび田が広がっています。 日本固有種のわさびは肥料や農薬を一切必要としない野菜。 ただし生育には清浄な水が大量に必要なので、栽培できる場所が限られます。 伊豆で江戸時代に始まったわさび栽培は爾来250年にわたり工夫と改良を重ね、天城のある伊豆市は今や全国一のわさび産地となりました。
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〝伊豆わさびの祖〟板垣勘四郎の碑
1744(延享元)年、伊豆天城から有東木(うとうぎ)村(現静岡市葵区)へシイタケ栽培の指導に来ていた板垣勘四郎が帰郷の際わさび苗を持ち帰り、清水の湧く場所へ植えたところ大いに繁殖。 これが天城のわさび栽培の始まりとされています。 板垣翁の死から22年後の1783年、わさびの量産化に成功し、江戸へ出荷されるようになりました。
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慈眼院(じげんいん)という曹洞宗寺院の境内に立つ〝宿坊〟。 禅の〝宿坊〟ではありますが、堅苦しさは全くありません。 住職の家族が運営する、こじんまりとしたアットホームな温泉宿です。 元はユースホステルでしたが、リニューアルして2007年から現在の形態に。 低廉な宿代で気の置けない時間を過ごすことのできる〝隠れ家〟的存在。 風呂は加水・循環ナシ、自家源泉の天然掛け流し温泉。 ここの温泉は飲用が許可されている飲泉でもあります。 朝は5時から入浴可能。 伊豆半島の森を眺めながらの温泉浴は清々しいの一言! また、男湯、女湯それぞれが岩盤浴「石の湯」と隣接。 宿泊だけでなく、日帰り温泉も実施しています。
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客室には様々なタイプがあり多様な客層に対応
泊まった客室はバス・トイレなしの6畳間「シンプル禅」。 洗面台は室内にあるので、それほど不便さは感じません。 食事は宿坊だからといって精進料理ではありません。 自家製野菜や地場野菜を中心にバランスの取れた創作料理です。
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慈眼院はハリス総領事も宿泊した名刹
慈眼院には幕末の安政4(1857)年、初代駐日総領事タウンゼント・ハリスが日米修好通商条約締結のため下田から江戸へ赴く途中で一泊した記録が残っています。 ハリスが使用した曲録(椅子)が今も残っているそうですよ。
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三島駅から延びる伊豆箱根鉄道駿豆線の終着駅。 開業は1924(大正13)年と長い歴史を誇るが、現在の駅舎は2014(平成26)年完成と真新しい駅です。
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定連
駅前にあるお蕎麦屋さん。 ただ、普通の蕎麦屋と少しだけ違うのは、伊豆特産のわさびとシイタケを用いたメニューがあることです。
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わさび飯
ご飯に大量の鰹節と海苔をかけ、その上にすりおろした本わさびを大量に乗っけただけというシンプルなメニュー。 にもかかわらず…何故か美味い! もうひとつの特産品メニューしいたけそばとの組み合わせは、まさに最強タッグチーム!
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筥湯
修善寺温泉は弘法大師空海が独鈷(とっこ)で岩を砕き開湯したという伊豆最古の湯。 その伝説は修善寺温泉発祥の湯にして街のシンボル「独鈷の湯」に伝承されています。 ただ、独鈷の湯は残念ながら見学のみ可能で、入浴はおろか手や足を浸すことすら不可。 現在、修善寺にある外湯はここ筥湯のみです。 古代檜を用いた室内は内風呂ひとつだけと極めてシンプル。 温泉は混合泉を加水・加温のうえ循環式で配湯しています。
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