三十三間堂跡
東京都江東区富岡2丁目4江戸時代、富岡八幡宮の東側にあった仏堂。
本尊は千手観音。
1642年、京都府京都市東山区にある三十三間堂(蓮華王院)での通し矢の流行を受け、弓師備後は幕府より浅草の土地を拝領、京都の三十三間堂を模した堂を建立したのに始まる。
落成では将軍徳川家光の命により旗本吉田久馬助重信(日置流印西派吉田重氏の嫡子)が射初め(いぞめ)を行った。
1698年、勅額火事により焼失。
1701年、再建。
1872年、江戸三十三間堂は廃されて堂宇は破却。
京都の通し矢同様、距離(全堂・半堂など)、時間(一昼夜・日中)、矢数(無制限・千射・百射)の異なる種目があり流行。
記録達成者は「江戸一」を称した。