宿場町・草津で楽しむかつての時代を偲ぶ
まいどまいど! 江戸時代、武士たちによる参勤交代が活発になり、東京・江戸や京都・京、大阪・大坂など、行き来が活発でした。 今の時代のように乗用車や電車、新幹線の無い時代ですから、全国各地に宿場町が設けられ、宿場町の代表は格式高く本陣が置かれ、将軍ら武士のトップらが宿泊した場所も。 現在は参勤交代もなくなり、一般住宅などになっていますが、かつての時代をしのぶにはぴったりの町が草津におます。 大坂では守口や枚方などが有名でっしゃろか。 守口は宅地開発も進み、名残も少なくなっていますが、枚方では「くらわんか」など、町おこしも活発で、観光地としても人気がおます。 さて、草津には何がおますやろか。 ご近所には百貨店や大型商業施設もあるようですが、宿場町を訪ねつつ、おしゃれな施設でお買い物。 ご家族そろって楽しめる街・それが草津なのかもしれまへん。 ぜひ、皆さんで訪ねてみてください。
草津川ずい道
滋賀県は古くから天井川が多く、川が山から流れ、土砂を運んで扇状地を成し、嵩上げして.土手の上に川を通したかのようになったのが天井川である。 明治時代、人々が往来できるように隧道を通した。
草津宿脇本陣大黒屋址
草津宿とは江戸時代、近江国栗太郡にあった東海道五十三次の52番目の宿場町。 古くから東海道、中山道が通る交通の要衝として栄えた。 当時、本陣2軒、脇本陣2軒、旅籠は約78軒あった。 中山道は「守山宿」、東海道は「石部宿」、次は「大津宿」がある。
書状集箱
草津まちづくりセンター前に設置された書状集箱。 日本郵政が設置した郵便ポストの前身にあたる。
東海道
草津まちづくりセンター前に設置された案内板。 東海道は五畿七道の一つ。 1601年、徳川家康は「五街道整備」により、五つの街道と「宿」を制定、街道としての「東海道」が完成。 日本橋(江戸)から三条大橋(京都)に至る宿駅は、53箇所あり、東海道五十三次とも。
草津宿 高札場址
江戸時代、常設の掲示場として使用されていた。 村や宿場など、目立ちやすい場所に設置する。
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