宗派は真言宗豊山派。
山号は大慈山。
本尊は合体大師像。
別名、牡丹寺。
推古天皇の勅命により聖徳太子が建立。
継体天皇の弟国宮(乙訓宮)の跡地。
784年、桓武天皇が長岡京を造営した際、都の地鎮として大規模に増築。
785年、造長岡宮使の藤原種継が暗殺され、桓武天皇の弟・早良親王にその首謀者の嫌疑がかけられ、早良親王は当寺に幽閉。
811年、空海が別当を務めた。
812年、最澄と空海が当地で初めて対面した。
室町時代、12の僧坊があったが内紛が発生。
足利義満は介入して僧徒を追放し、南禅寺の伯英禅師に与えて南禅寺の傘下に入れた。