関西が好っきゃねん
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みなとまち・高砂の繁栄と工楽松右衛門

みなとまち・高砂の繁栄と工楽松右衛門

まいどまいど! 兵庫県の播磨地域に属している高砂市には山陽電気鉄道が東西方向に走り抜け、市内中心部に位置する高砂駅は特急も停車しますねん。 駅前やその周辺には昔ながらの雰囲気が色濃く残っているとして人気を集め、国内外から観光客が絶えないとか。 かつては海運業が盛んで、江戸時代には港が整備。 まちには舟の積み荷が集積し、蔵が乱立していたという。 現在も蔵の一部が現存し、外部から見学も。 周辺には由緒ある高砂神社が鎮座し、能で取り上げられた「高砂」ゆかりの地。 姫路藩主池田輝政が築城したとされる高砂城の伝説も色濃く残り、かつての面影を偲ばせる。 境内の2本の松は縁結びにご利益があるとされ、参拝者が絶えないとか。 軽くて丈夫な帆布の考案者である工楽松右衛門の出身地とされ、邸宅跡が博物館として整備され、自由に見学することができまんねん。 その他、国鉄という愛称で親しまれた日本国有鉄道高砂線の高砂駅跡があり、広場として整備。 ここから眺める寺院仏閣や昔ながらの雰囲気が残る銭湯など街並みが面白い。 街歩きを堪能した後には高砂名物の穴子を使用した穴子飯やにくてんのグルメもおすすめ。

南堀川遺構
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南堀川遺構

荷物を舟から揚げ降ろしした雁木と呼ばれる石階段や地元産の竜山石などで築かれた南堀川西岸の石垣などの遺構が復元。 江戸時代、南堀川が開削された人口運河。 高砂は漁業や海運業の拠点として発展し、港町高砂の物流の中心地となった。 加古川舟運と瀬戸内開運を利用して舟で運ばれてきた積み荷は南堀川の川岸に沿って立ち並ぶ蔵に収納。

河合耆三郎生誕地
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河合耆三郎生誕地

新選組隊士で勘定方として活躍。 1838年、米問屋を営む家庭で生まれた。 大阪の商家に嫁いだ妹が推薦し、新選組に入隊。 隊費の経理面で勘定方として活躍、池田屋事件にも参戦し褒賞金も手にした。 1866年、自刃。

工楽松右衛門旧宅
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工楽松右衛門旧宅

江戸時代、発明家で実業家として活躍。 1743年、漁師の長男として生まれた。 1758年、船主「御影屋」の下で船乗りに。 廻船問屋北風荘右衛門に知己を得て、船持ち船頭として独立。 兵庫(兵庫県神戸市兵庫区)で廻船業を経営する傍ら、帆布改良の研究に着手。 播州の特産の木綿を使った厚手で大幅な新型帆布「松右衛門帆」の織り上げに成功し、北前船をはじめとする大型和船の航海術は向上。 1790年、択捉島に船着場を建設。 1791年、ロシア帝国の南下政策から領土保全を図る目的で築港工事法を考案し、石鈴船・石救捲き上げ装置の発明、択捉島の埠頭や箱館のドックを築造、防波堤工事などを手がける。

三連蔵
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三連蔵

江戸時代、高砂は漁業や海運業の拠点として発展し、港町高砂の物流の中心地となった。 三連蔵は南堀川が開削された人口運河の付近にあり、荷物を舟から揚げ降ろしした雁木と呼ばれる石階段や南堀川西岸の石垣などが存在。 加古川舟運と瀬戸内開運を利用して舟で運ばれてきた積み荷は南堀川の川岸に沿って立ち並ぶ蔵に収納。

高砂銀座商店街
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高砂銀座商店街

兵庫県高砂市内にある商店街。 付近の本町商店街などに接続する。 商店街には飲食店や居酒屋、雑貨店などが立ち並ぶ。

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