天神祭のおひざ元!すべらんうどんとバッテラを味わう食いだおれのまちの休日
まいどまいど! 京都の祇園祭、東京の神田祭に並ぶ日本三大祭りの一つ「天神祭」は、大阪天満宮とその周辺で行われまんねん。 開催期間中は大川に大きな船が浮かび、花火が盛大に打ち上げられる。 大阪天満宮すぐそばには直線距離にして約2.6km。 日本で一番長い商店街として知られる天神橋筋商店街には、約600の商店が立ち並んではりますぅ~。 1丁目から6丁目までの全エリアでアーケードが設置されてるさかい、雨の心配はおまへん。 天神橋筋一丁目を天一(てんいち)、天神橋筋六丁目を天六(てんろく)と呼び、地域の人々に親しまれてきてまんねん。 かつては大阪市中央区法円坂に日本最古の本格的な首都「難波宮」が造営され、日本の中心地として栄えていた。 このときに、その参詣道としての役割を果たし、商店街として発展してきたとか。 今回は吉本興業発祥の地として知られる天満天神繁昌亭、行列のできるコロッケ屋さん、居酒屋さん、銭湯など、天神橋筋商店街とその周辺の魅力をまとめました。 今も昔も変わらへん「あきんど」のまち「なにわ」の魅力ぜひ堪能してってや。 今回は天神橋筋1丁目付近から3丁目付近までのご案内でっせ~。
大阪ガラス業発祥之地碑
1549年、フランシスコ・ザビエルによって、日本にガラスが伝来した。 その後、ヨーロッパからガラス製品が輸入され、長崎県にガラス製法が伝わった。 播磨屋(本名は久米清兵衛)が長崎でガラス製法を学び、天満で玉屋を開いた。 1772年、日本で初めて、ガラス玉細工が製造され、日本一のガラス製造都市となった。
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江戸時代、大阪天満宮の境内は現在の国道1号線あたりまで広がり、寄席や演芸場、飲食の小屋が約50件建ち並び、人形浄瑠璃・新内節・浮かれ節・軽口(落語)・神道講釈などの諸芸が人気で遊興地であった。 明治時代、上知令によって大工門から北側は境外地となり、やがて天満天神裏と呼ばれた。 次第に歌舞伎や女義太夫・落語・軍談、楊弓場などの小屋や飲食店でにぎわいを見せ、なかでも寄席小屋は天満八軒と呼ばれ、大阪の演芸史にも残っているとか。
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