京都散歩
京都散歩 中学2年時、バスケットの試合で訪れたのが初めての京都でした。それ以降、今回で何度目の訪問かな、と思いますが、もう分からないほど来ています。好きな場所です。 初めての京都は、東京駅を夜中に出る普通列車に乗り、確か朝8時頃着いた、と思います。早朝の京都駅からバスでそのまま試合会場に出向き3試合ほどしたことを思い出します。高校生の胸を借りた練習試合でした。試合終了後、直接京都駅に戻り、その日の普通列車で東京に戻りました。 朝夕に観た京都タワーが私の京都そのものになった思い出があります。もう半世紀前の話になります。 当時のバスケット部顧問の先生(当時40歳位)には頭が下がります。
「源氏物語」の二条院
紫式部の「源氏物語」の二条院散歩 源氏が住む二条院が何処にあるかは、「賢木」で六条御息所とその娘である斎宮が伊勢へ下向する風景を描いた中にある。六条御息所とその娘である斎宮の一行が内裏での挨拶を終えた後、二条より東洞院の大路を折れ給ふほど、二条の院の前になる、と書かれている。内裏の儀式に出席しなかった源氏が住む二条院の前を通り過ぎたことが描かれている。二条通りの南、東洞院通り沿いに二条院があることが分かる。 昔はこの辺に貴族の館が立ち並び、二条殿の近くには在原業平の屋敷もあったことが分かる。また、室町時代には、足利尊氏邸もあった。二条殿から東洞院通りを南に下ると六角堂がある。
「源氏物語」の嵯峨の御堂 清涼寺 竹仙
紫式部の「源氏物語」の嵯峨の御堂 物語では、嵯峨野にある大覚寺から南の場所に御堂を建てている話が出ている。 明石の君が嵐山にある大堰山荘へ明石から引越しをする頃に源氏は建てている。かなり大掛かりな工事が行われている話が書かれている。 その御堂は、源氏のモデルの一人とされる源融(みなもとのとおる)が晩年隠棲した棲霞観(せいかかん)であるとされる。 源氏も最晩年、出家してこの嵯峨の御堂で暮らし、その生涯を終えている。 その棲霞観跡に清凉寺が今はある。
ログイン