大人の社会科見学~水俣病を学びながら探検しよう~
熊本大人の社会科見学~水俣病を学びながら探検しよう~
かつて、甚大なる被害をもたらした公害。 水俣病を克服し再生しつつある水俣。 このプランは、水俣病関連の場所をめぐる大人の修学旅行です。 水俣病関連の場所を巡りながら、薩摩街道など、それ以外の周辺のスポットもご紹介します。
水俣市が運営している水俣病の資料館。 10名以上の団体様は、予約されれば無料で語り部の方の話が聞けます。 AM9:00~PM5:00(16:30までに入館を) 休館日:月(祝日の際は翌火)・12/29~1/3 入館無料
熊本県が運営している環境問題に関した資料館です。 水俣のゴミ分別をはじめ、環境問題について解りやすく解説した資料館です。 AM9:00~PM5:00(16:30までに入館を) 休館日:月(祝日の際は翌火)・12/29~1/3 入館無料
水俣病成り立ちなど難しい内容を解りやすく解説してあります。 ■開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで) ■休館日 月曜日(祝日、休日の場合は開館) 祝日、休日の翌日(土曜日、日曜日の場合は開館) 年末年始(12月29日~1月3日) その他臨時休館日 ■入館料 無料 ※団体での来館は事前にお申し込み下さい。
芝生の広場でお弁当を拡げて楽しいお昼は如何でしょうか?
学びの丘から森を抜けた先にあるのが、明神さまです。
水俣病資料館の下には満潮時には海水が上がってくる階段状の護岸があります。 対岸には恋路島が見えますが、親水護岸の両端で見え方が変わります。 こちらは、亀に見えませんか?
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水俣病で犠牲になられた生命を祀る慰霊碑です。
天皇皇后両陛下が水俣を『豊かな海作り大会』に御臨席の折に読まれた詩が刻まれています。
明仁天皇の詩碑
裏面にも詳しく書かれています。
桂由美さんのプレートが輝く恋人の聖地。 多くのカップルが訪れ、結婚式のウェディングドレスを着て撮影される方もいらっしゃいます。
恋人の聖地とは?
対岸に浮かぶ恋路島に島津氏の若き武将の妻が無事を祈っておこもりをした伝説による。 沖田畷の戦い(おきたなわてのたたかい)は、日本の戦国時代の天正12年3月24日(1584年5月4日)に肥前島原半島(長崎県)で勃発した戦い。九州の戦国大名である龍造寺隆信と有馬晴信・島津家久の合戦である。「畷」とは湿地帯の中に延びた小道の意味である。
夕焼けと恋人の聖地
妻は、夫が武功を上げて帰還し恋路島に渡ると、お百度参りのように積み上げた石にしがみつくように死んでいたそうです。 その夫婦愛が伝説として今も伝えられています。
ミラクルショットを
街灯を矢に見立てて、ハート♥を射止めいるように見えませんか?
水俣病の語り部としても活躍する吉永理巳子さんが開いている工房です。 空き瓶を溶かしたりしながら加工し、新たなグラスや花瓶に変化させる工房です。 場所は写真奥の角を左折して降りたところです。
水俣病の語り部、浜元さんが語り部のVTRで語っておられる小さな入り江です。
坪谷を眺めて
浜元さんも暮らしていた港。 月の浦橋より坪谷地区を眺めます。 小さな漁村もかつては、豊漁の地だったそうです。 ちなみに坪谷は、“つぼだん”と呼ぶそうです。
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坪谷の港に隣接するように出来た新港です。
新港記念の碑
平成6年に新港開港記念に石碑ができ、21年漁師の皆さんが鳥居を奉納されました。
水俣市おれんじ館の下に広がる芝生の公園です。
水俣湾を眺めて。
恋路島や水俣湾、肥薩おれんじ鉄道、遠くには天草の島々も見えます。
おれんじ館
地域のコミュニティーセンターで、たまにイベントなども開催されます。
空調などをエコを考えた設計にした家。 市の職員の方々が常駐され、時折イベントが開催されます。 中を見学することも出来ますよ。
エコハウス外観
10:00~16:00まで開館
エコハウス内装
吹き抜けになっていて風通しもよく最高です。
水俣病歴史考証館です。 こちらは高台にあり、遠くには水俣湾の風景が望めます。 水俣市と隣接する市町のみなさんは入館無料です。
入館料
隣接す市町以外の方々は入館料が掛かります。
館内の展示
水俣病を身近に感じる遺産とも言うべき品々が多数展示されています。 実際に魚介類を与えて実験台にされたネコの小屋など貴重な資料が満載です。
陣原地区
歴史考証館がある場所は、陣原地区です。 陣原地区は、薩摩街道沿いの風光明媚な場所。 考証館にへと昇る坂道からは、水俣湾の風景が見渡せます。
相思社事務所
水俣病歴史考証館にお越しの際には、お声を掛けて下さいませ。
一日の湧水量は約3,000トン。 かつては、薩摩街道の給水ポイントだったそうです。
冷水水源の森
まるで、もののけ姫にモデルとして出てきそうな場所です。
祠
森の中には祠があります。
御神木
クスノキが御神木です。 約80年前に当時の区長、山田忠平さんが肝いりで町議会の協力を得て度々ひびが入り渇水時には用をなさない土の堤防をコンクリートに改修されたそうです。
冷水
名前の通り冷たい水が湧き出す湧水地。 熊本の名水百選にも選ばれています。 しかし、、、飲用は今は難しいみたいです。
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かつて、篤姫様や維新の薩摩の若き志士達も通った街道です。
佛石
佛石とは、慶長五年(1600)の関ケ原合戦の際、西軍に加担した島津軍と、東軍に加担した水俣軍(二代深水頼道軍)との交戦で自刃した敵将(島津軍)の霊を祀ってある石碑とされています。 薩摩街道の写真で歴史考証館方面に歩くと直ぐ右側の民家付近にあるそうです。 (インターネットより引用)
薩摩街道
はぜの木やはぜのき館、侍茶屋がある侍地区から鹿児島方面に下ると坂口川に突き当たります。橋を越えて荒木板金さんの看板横から坂を昇ると見えてきます。
坂口橋
奥に見えるのは侍地区から下ってきた現在の坂口橋。 坂口に元々掛かっていた石橋は移築され、今も現存しています。
元山氏の功績を伝える石碑
元山氏が芦北郡で村長を長年務められたあと、この地にて柑橘園を始められたと記されています。 荒木板金さんの脇から陣原団地までの間を通る街道の途中に薩摩街道であることを示す石碑と共に建てられています。
薩摩街道を鹿児島側へ
先ほどの佛石の碑を記した標識から薩摩街道の標識に従い薩摩の方向に向かいます。 街道の面影がある佇まいが歴史を感じます。
駅はまだ先ですが、、
ここは駅ではなく、陣原地区から冷水地区へ抜ける薩摩街道と肥薩おれんじ鉄道が交差する場所です。 先ほどの坂を下ってきたところの陸橋。 渡りきると冷水池がある冷水地区に入ります。
静岡県出身の金刺さんが営む工房です。 80年代から、胎児性水俣病の患者さんと共に製作されてきたした。 手透き和紙の作品は水俣駅にも飾られていますが、道の駅みなまた、水俣病資料館などでも販売されています。 (写真は、水俣駅待合室の展示作品(写真下部))
物産館のまつぼっくりには、金刺さんの和紙をはじめ、特産の漬物(寒漬(かんつけ))、醤油、お茶、和ろうそくなど、スウィーツから工芸品まで多数取り揃えてあります。 隣接するバラ園は、バラの時期には多数の来園者が訪れ、インフォメーションセンターでは、自転車の貸し出しなどもあります。
地産地消。水俣の食材を中心に素材の味を生かしたメイン料理を選び、15品のバイキングと共に楽しむスタイルです。 大人1,100円、子供600円で、メインは、パスタ・うどん・そば・ラーメン・ピザ・チャンポンの6品。 ピザは、自家製石窯で焼く本格派で、パスタなども自家製の生麺です。 営業時間は11:00~15:00。
バイキングも最高😃⤴⤴
約15種類のバイキングには水俣の地のもんが並びます。 スパイスの効いたコクの深いカレー、パラパラのチャーハンは最高です。
デザートも(^-^)
別腹ですよね🎵 アイスコーヒーは、水だしの本格派。 深みがありながらスキッとしたコーヒー本来の旨みが楽しめるのではと思います。
かつて、チッソ水俣工場から工場排水が垂れ流された場所です。
百間排水口とは
昭和7年から昭和43年までメチル水銀を含んだ排水を流していたそうです。 一時は水俣川河口へも流していましたが、ほとんどコチラから流していたそうです。
水俣病巡礼一番札所
祠には阿賀野川(新潟水俣病の発生地)で取れた石を加工して作られたお地蔵様が鎮座しております。
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水俣市のかつてチッソの排水口があった場所にあるのが竹林園です。ヘドロを埋め立てた水俣湾の埋立地の一画になります。