佃煮・君が代発祥のまち大阪市西淀川区。
まいど! 大阪はこれまでインスタントラーメン、インスタントカレー、オムライス、先物取引・為替、スーパーマーケット、回転寿司、自動券売機・自動改札機、シャープペンシル、カッターナイフなど多くの便利もん・うまいもんを世に送り出してきた。 そして、今回、皆さんにご紹介したい食べもん、それが、佃煮。 ご飯のおともとして親しまれてきた佃煮やけど、実は、大阪市西淀川区の発祥やったんやで~♪ 一説によると、東京・佃島ともいわれているようでんねんけど、今回は、大阪市西淀川区を有力説としてご紹介しています。 ほんでから、国歌・君が代の歌詞の一部として知られる「こけのむすまで」は、大阪市西淀川区に鎮座する姫島神社がゆかりとも。 大阪市西淀川区は大阪湾岸に位置する一方、工場が密集するまちとしても知られ、大阪のシンボルとして知られる「江崎グリコ」の工場見学もたのしむことができまんねん。 大野せせらぎ公園で楽しんで、大和田城址で歴史を感じて、野里住吉神社で渡し跡の名残を目で感じながら、素敵な一日を!
住吉神社
祭神は底筒男命、中筒男命、表筒男命、気長足姫尊。 1320年、勧請。 付近の漁民や舟行安全の守り神として信仰を集めた。 1910年、沢の宮の八幡神社を合祀。 1911年、1688年の出来島開発の際に勧請された皇大神宮社を合祀。
判官松の跡
1185年、源平合戦のため、屋島へ向けて暴風の中を船出した源義経は、波浪のため当地へ押し流されたという。 そこで、当地の住吉大明神に海上平安を祈願したところ、嵐もやみ無事渡航に成功、平氏を討つことができた。 そのとき、記念として松が植えられたと言う。 1877年、落雷で焼矢し、現在は、伝承地として知られている。
判官松の碑・新千船橋親柱
新千船橋の親柱があります。 大和田川の新千船橋に架かっていた鉄橋は、初代心斎橋の鉄橋。 1928年、新千船橋として転用され、1971年に撤去。 現在、鶴見緑地西橋に再移設。
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