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1625年、長堀川が運河として開削された。 東横堀川から分流し、西に流れ、木津川に注いでいた。 全長約2.4km、幅は約44mであったと言う。 西横堀川以西は西長堀とも呼ばれていたと言う。 1970年、埋め立てられた。 また、土佐高知藩の蔵屋敷は、鰹座橋とその西の玉造橋の中間、西長堀川両岸一帯を占めていたと言う。 鰹座橋はそのため土佐橋・土佐殿橋とも呼ばれたが、もともと右岸に土佐の国産である鰹節を売買する鰹座があったため、鰹座橋と名づけられたものだと言う。 旧西長堀川両岸は江戸時代以来の材木問屋街でもある。
2015年7月15日
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1625年、長堀川が運河として開削された。
東横堀川から分流し、西に流れ、木津川に注いでいた。
全長約2.4km、幅は約44mであったと言う。
西横堀川以西は西長堀とも呼ばれていたと言う。
1970年、埋め立てられた。
また、土佐高知藩の蔵屋敷は、鰹座橋とその西の玉造橋の中間、西長堀川両岸一帯を占めていたと言う。
鰹座橋はそのため土佐橋・土佐殿橋とも呼ばれたが、もともと右岸に土佐の国産である鰹節を売買する鰹座があったため、鰹座橋と名づけられたものだと言う。
旧西長堀川両岸は江戸時代以来の材木問屋街でもある。
2015年7月15日