京の魅力 東山パワースポット巡り by京都市未来まちづくり100人委員会
京都京の魅力 東山パワースポット巡り by京都市未来まちづくり100人委員会
松原通りは昔は清水寺参詣道でした。豊臣時代までは五条大路でした。豊臣秀吉により、現在の五条通りに付け替えられた。 平安時代は鳥野部(清水寺より南側)といって葬送地でした。この六道の分岐点で、いわゆるこの世とあの世の境(さかい)(接点)の辻が、古来より当寺の境内あたりであるといわれ、冥界への入口とも信じられてきた。 市バス 清水バス停から西へ約5分、京阪清水五条から東へ約10分
六道とは、仏教ですべての生き物が生前の善悪の行いによって必ず行くとされる地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの冥界のことで、六道珍皇寺の本堂裏にある井戸は、昼は嵯峨天皇、夜は閻魔大王に仕えた小野篁が冥土へ通った入口であったという伝説が残されています。 六道珍皇寺は松原通に面して山門があり、では毎年8月7日から10日まで「六道まいり」が行われ、先祖の精霊をこの世に呼び戻す「迎え鐘」を撞く多くの参拝者で賑わいます。 本堂に向って右側の格子戸越しに、縁側と庭園と小野篁が冥土へ通った入口であったと伝える「冥土通いの井戸」を拝観することができました。
薬師堂
薬師堂には、平安時代の作と伝える薬師如来坐像を安置している。 閻魔・篁堂には、小野篁作と伝える閻魔大王坐像と等身大の 小野篁像を安置。
冥界通いの井戸
小野篁が冥界に行く際に使ったとされる冥界通いの井戸があるのです。 伝説では小野篁は勢いをつけて井戸に飛び込んだので、井戸の前にある石にくぼみができてしまったのことです。 井戸手前の石は水たまりができているのが確認できます。
黄泉帰りの井戸
通い井戸とは対照的に黄泉かえりの井戸も近年になり発見されましたが、こちらは通常非公開。 これまで出口専用の井戸は嵯峨野の福生寺の井戸と言われていましたが、昨年、六道珍皇寺の境内にも出口専用井戸が発見されたということなんです。 その井戸、黄泉の国から帰ってくる井戸ということで、 名付けて「黄泉がえり之井」
珍皇寺門前の飴屋で売られる飴は六波羅の名物の一つです。この飴(あめ)は子育ての「幽霊飴」(ゆうれいあめ)と呼ばれ,次のような伝説があります。赤ん坊を抱いた女が毎日三文(さんもん)の飴を買いにきた。不審に思った店の人が女のあとをつけていくと,鳥辺野墓地でその姿が消えた。この話を聞いた近くの寺の住職は,最近臨月で亡くなった女性の墓で念仏を唱えた。すると,土の中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。掘り起こすと,飴をしゃぶる赤ん坊がいた。死してなお子を思う母の執念が,幽霊となって子を養ったのである。同じような伝説は日本各地に伝えられ,その多くは名僧の誕生譚として伝えられています。