ポテチパンのまちに黒船がやってくる!?久里浜の日常
神奈川ポテチパンのまちに黒船がやってくる!?久里浜の日常
まいどまいど! 黒船といえば、学校の歴史の教科書でおなじみの代将マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が、日本に来航した事件のことで、1853年のできごと。 艦隊は江戸湾入り口の浦賀沖に停泊していたといい、一部は測量と称して江戸湾に侵入。 このできごとに”えらい(=とても)”驚いた江戸幕府も結果的には神奈川県横須賀市にある久里浜っちゅう場所への上陸を認めました。 そして、アメリカ合衆国大統領国書が江戸幕府へと渡され、日米和親条約の締結に至りはりました。 日本ではこの事件以後から明治維新・大政奉還までを「幕末」としており、歴史を大きく動かした場所の一つとして、今一度、注目すべき場所としておすすめの場所でんねん。 ほんでそれだけやおまへん。 今やご当地フードとして注目を集めているパン「ポテチパン」でんねんけど、ポテチパンとは地元で採れた新鮮なキャベツとマヨネーズ、うす塩味のポテトチップスが一つになりまして、これがまた美味しいとメディアにも取り上げられました。 ポテチパン発祥の地・横須賀を散策しまひょ。
久里浜黒船仲通り、駅前本通り、中央通り、すずらん通りという多くの商店街が集中する。 もともと久里浜はペリー氏のゆかりの地として知られている。 1853年、黒船に乗って浦賀に来航したマシュー・ペリー提督は、久里浜に上陸した。 付近のペリー公園では、ペリー来航を記念してペリー上陸記念碑が建立された他、ペリー記念館、児童広場がある。 毎年7月中旬頃、久里浜ペリー祭が開催される。
1667年、砂村新左衛門が内川新田を開拓する際、川に島を築き、両岸から2本の橋を架けたことから、夫婦橋と命名。 砂村新左衛門は越前国(福井県)の砂畑を開拓、新村(鯖江市新町)とした福岡新兵衛家の分家の出身。 土木事業に携わる傍ら新田開拓の技術を習得、全国各地に赴いた。 大坂(摂津国)の上福島(大阪市福島区)での新田開拓を経て、関東に進出。 相模国三浦郡(横須賀市)の内川入海の開拓を進めていたが、明暦の大火後、葛飾郡の宝六島(江東区)において新田開拓(宝六島新畠、後の砂村新田)、三浦新田(内川新田)開発、吉田勘兵衛が再着手して推進していた武蔵国久良岐郡(横浜市)野毛新田(後の吉田新田)の開発も。
横須賀市内を流れる平作川は暴れ川との異名を持ち、1954年に夫婦橋が架橋。 河口の久里浜港にも近く、浦賀港と久里浜、三浦市方面とを結ぶ。 江戸時代、砂村新左衛門が架橋するも、洪水で流失。 美女を人柱に捧げて、ようやく橋が完成したとも。
1987年、横須賀市の市制80周年を記念して開館したペリーの足跡を記念する施設。 黒船来航当時の久里浜周辺の地形と黒船を再現したジオラマ模型の展示、ペリーの久里浜上陸図や当時の絵図などの資料が展示されている。
戸田氏栄
1799年生まれ。 幼名は寛十郎。 西丸小姓から徒頭に昇進。 駿府町奉行、日光奉行、浦賀奉行に着任、伊豆守従五位下に叙任。 ペリー来航時、幕府に早船を送って注進。 幕府は幕府代表として久里浜で会談を持たせた。 鎖国の最中、戸田・井戸らは黒船を率いて返答を求める米国側の姿勢を見て、フィルモア大統領の親書を受け取り、日米和親条約を結ぶ。 大坂町奉行に栄進を遂げ、緒方洪庵に日本初の種痘の許可を与えた。
マシュー・ペリー像
ペリー率いる艦隊が浦賀沖に到着。 日本側は、来日の目的がフィルモア大統領の国書を皇帝に受け渡すためと判断。 長崎が唯一の対外交渉の窓口であるため、長崎へ向かうように伝えたが、ペリー側は了承しなかった。 高官が国書受け取らない場合、兵力を率いて江戸に直接、向かい国書を渡すと主張、江戸湾内の測量を開始して、幕府側に圧力を加えた。 幕府側はペリー艦隊を長崎に向かわせることを断念し、国書受け取りを決断。
マシュー・ペリー像
久里浜には応接所として仮設の陣屋が設けられた。 ペリー一行は約300名の兵士を率いて久里浜に上陸し、応接所で浦賀奉行の戸田氏栄と井戸弘道に、米国大統領からの国書、ペリーの信任状、そしてペリーからの書簡2通を手渡した。 戸田はペリーに対して日本語とオランダ語で書かれた受領書を交付し、国書受け渡しの目的を達したペリー一行は艦隊へと戻っていった。
1853年、ペリー艦隊の来航時、米国大統領からの国書受け渡しの地となった当地で、ペリー上陸を記念して建立。 ペリー率いる米国海軍の艦隊が浦賀沖に来航。 ペリーはフィルモア大統領の国書を携え、日本側を威圧しながら国書受け取りを要請。
ペリー上陸記念碑
幕府は長崎での対応を諦め、米国大統領の国書を受け取ることになった。 1941年、ペリー上陸記念碑は日米友好のシンボルとしての役割を果たしていたが、日本が米国に宣戦して敵国同士となった。 戦後、ペリー上陸記念碑前でペリー上陸95周年記念式典が行われ、これを機に毎年、久里浜ペリー祭りが開催。
パン、ケーキなどを中心に製造販売する専門店。 メニューはくりはまあんぱん、メロンパン、食パン、ハムカツ、クリームパン、チョコレートパン、バターケーキなど。 中でも、横須賀ではカレーが有名で、横須賀名物のカレーパン、そして、ポテチパンも店頭に並ぶ。
ポテチパン
ポテチパンとは地元で採れた新鮮なキャベツとマヨネーズ、うす塩味のポテトチップスが一つに。 売り物にならないポテトチップスの欠片をどうにかしたいと菓子問屋から相談され、中井パン店の先代が考案。 横須賀で人気となり、ご当地グルメになったとか。
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2010年、東京国際フォーラムにて開催された第1回ご当地パン祭り。 全国のご当地パンが集結し40社で1位に輝いたカレーパン「よこすか海軍カレーパン」。 生地には国産小麦。
カレーパン「よこすか海軍カレーパン」
海老名産山田錦の米粉(泉橋酒造が行う醸造過程から生まれる吟醸ぬか)を使用したとか。
弁当や総菜を販売する日本フーズ。 メニューはよこすか名物わっぱ飯黒船弁当、よこすか名物西海岸物語など。