忍たま乱太郎ゆかりのまち。近松門左衛門が見た世界とは
兵庫忍たま乱太郎ゆかりのまち。近松門左衛門が見た世界とは
まいどまいど! 日本の人気漫画アニメ「忍たま乱太郎」と原作者の尼子騒兵衛氏ゆかりの地・兵庫県尼崎市。 市内には忍たま乱太郎に登場する名称や地名などが各地に点在し、尼崎市役所には忍たま乱太郎に関する展示がされてまんねん。 尼崎市に拠点を置く尼崎信用金庫では忍たま乱太郎の作者・尼子騒兵衛はんが描き地域のマスコットキャラクターとして愛されてまんねん。 さて、西日本旅客鉄道(JR西日本)の尼崎駅では東海道本線をはじめ、福知山線、東西線が乗り入れるターミナル駅として知られ、ぎょうさんの人が行き交ってはります。 駅前には大型商業施設のあまがさきキューズモールやホテル、マンション、レストランなどが林立。 最近ではショッピングを目的にお出かけの人も多いねんやとか。 少し離れた場所には全国各地の名湯を再現した露天岩風呂や高濃度炭酸泉(露天桧風呂)が楽しめる施設も。 その他、浄瑠璃・歌舞伎で活躍した近松門左衛門ゆかりの地として知られ、人形浄瑠璃の演目の一つ「冥途の飛脚」で登場するヒロイン梅川の像や近松門左衛門の像、近松記念館も開設され、人形浄瑠璃のファンを中心に訪れはります。
日蓮宗の寺院。 山号は久々知山。 かつて久々知妙見の神宮寺であった。 旧本山は京都本満寺(六条門流)、莚師法縁(隆源会)。 957年、平安時代に活躍した武将の多田(源)満仲が勧請し、禅宗の寺院として創建。 1714年、尼崎城主・松平家の協力を得て再興、日昌が日蓮宗に改宗。 日昌とは大阪の船問屋・尼崎屋吉右衛門の二男。 出家後、妙見菩薩のお告げを受け、満仲ゆかりの同地を精舎建立の地に決め、近松門左衛門とともに尽力。 近松門左衛門は日蓮宗を崇拝し、日昌の生家「尼崎屋」の支援者であったことから。
近松門左衛門
作品の出版元である大阪の正本屋九右衛門や歌舞伎役者・三代目嵐三右衛門ほか役者や商人らが寄進し、妙見宮本殿や本堂などを建立。 同時に本堂裏に部屋「近松屋敷」を造り、当地で「大経師昔暦」「女殺油地獄」等の名作を生んだ。 没後、近松屋敷では、大阪の役者たちにより浄瑠璃を上演。 明治時代、荒廃して本尊の日蓮像を売却し、幽霊屋敷とも噂された。 1987年、再建。
957年、平安時代に活躍した武将の多田(源)満仲によって建立。 祭神は、須佐男命(牛頭天王)、諏訪大明神、末社愛宕大権現、八幡大明神。 宝暦年間に奉納された絵馬「鯉図」(法眼月岡雪鼎画)等、絵馬が多数を所蔵。 境内には源満仲公が矢を射るときに足をかけた「矢文石」がある。
回遊式日本庭園風の公園。 せせらぎや池が整備され、梅林や桜などが植樹され、見物客でにぎわう。
近松門左衛門
園内には、江戸時代に浄瑠璃・歌舞伎の作者として活躍した近松門左衛門の像が建立。
江戸時代に浄瑠璃・歌舞伎の作者として活躍した近松門左衛門の生涯や作品を題材にした施設。 1653年、福井県福井市で生まれ、大阪に移住。 1703年、「曽根崎心中」を上演し、義太夫こと竹本筑後掾は座本の地位を初代竹田出雲に譲った。 出雲は顔見世興行に「用明天王職人鑑」を出し、このときに大阪・道頓堀にあった竹本座の座付作者となり、浄瑠璃の執筆に専念した。 兵庫県尼崎市の広済寺で再興に携わり、本堂裏に部屋「近松屋敷」を造って、「大経師昔暦」「女殺油地獄」等の名作を生んだ。 近松記念館は、近松生誕250年を記念して建設され、愛用していた文机や過去帳など遺品が展示、保存。
讃岐うどんや丼の専門店。 店内はカウンター席とテーブル席がある。
ぶっかけ
ぶっかけではすり大根、ねぎ、花鰹、天かす、すり生姜などをトッピング。
尼崎市内を中心とする観光案内や情報発信を行っている。
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1999年、彫刻家の日高頼子氏、文楽人形遣いの吉田文雀氏より設置。 近松門左衛門の作品の一つで人形浄瑠璃の演目の一つ「冥途の飛脚」で登場するヒロイン梅川の像。 亀屋忠兵衛は大和国新口村の大百姓勝木孫右衛門の子であったが、大坂淡路町の飛脚問屋亀屋の養子であった。 亀屋の養父は死去、忠兵衛は店を継ぐ立場であったが、新町の遊女梅川に恋して帰宅せず、店の業務は疎かであった。 日没後、忠兵衛は友人の丹波屋八右衛門から、届いたはずの八右衛門宛の江戸為替五十両が届かない理由を問われた。 忠兵衛は梅川が田舎の客に身請けされそうになったので、手にしていた八右衛門宛ての五十両を手附けに使ったと打ち明けたが。
キリンビール尼崎工場跡地「あまがさき緑遊新都心」の中核施設でショッピングセンター。 2009年、COCOE あまがさき緑遊新都心としてグランドオープン。 開業時、生醤油、ぽんず、水飴などの地元尼崎産の商品を集めた店舗「メイドイン尼崎」を開催。 2011年、「第14回グッド・ペインティング・カラー」の新築部門で最優秀賞を受賞。 2013年、施設名を「あまがさきキューズモール」に変更。 旧名称の「COCOE(ココエ)」は、コンセプト「COMFORT=快適」「CONVENIENCE=利便性」「ENERGY= 活力、にぎわい」の頭文字を取った造語で、「どうぞ“ここへ”おいでください」という意味。
キリンビール
1918年、キリンビール神崎工場として操業開始。 神崎工場から尼崎工場へと改称。 1996年、操業停止し、神戸市に移転。
1916年、尼崎市として市制施行。 1569年、織田信長によって市街地が焼失。 1617年、尼崎藩が設置、戸田氏鉄により尼崎城築城。 1871年、廃藩置県により尼崎県に移行。 1872年、兵庫県に編入。 1889年、尼崎紡績(ユニチカ)が発足し、工業都市として発展。 1905年、阪神電気鉄道の営業開始、日本初の本格的都市間電気鉄道となった。 1962年、市庁舎竣工。設計は村野藤吾。
市役所の一角で
尼崎市は漫画・アニメ「忍たま乱太郎(落第忍者乱太郎)」の作者・尼子騒兵衛氏、テレビタレントでコンビ名「ダウンタウン」として活躍する浜田雅功氏、松本人志氏の出身地として知られる。
常設展示
市役所の一角では「忍たま乱太郎(落第忍者乱太郎)」の作品や手裏剣などのグッズ、松本人志氏の似顔絵などが常設展示され、自由に見学することができる。
忍たま乱太郎(落第忍者乱太郎)
尼子騒兵衛氏とは漫画・アニメの作者として知られ、代表作は「忍たま乱太郎(落第忍者乱太郎)」。 ペンネームの由来は「騒々しい尼っ子」から。 師匠は名和弓雄。 自宅兼事務所はカラクリ屋敷(各種の仕掛けが施されている)といい、忍者道具がコレクションであるとか。
NHKの人気アニメ「忍たま乱太郎」の聖地として知られる兵庫県尼崎市。 市内には、猪名寺や富松など、「忍たま乱太郎」に登場するキャラクターの名前の由来となった地名が点在。 七松もそのうちの一つで、特に、キャラクターの絵馬で有名。 ということで、「七松八幡神社に参拝の段!ヘームヘムヘムヘムヘム」。 かつて、源頼信が訪れ、ある小童がこの地の窮状を訴えた。 このとき、1本の松樹のもとにあった小祠を改装し、松の株6本植えさせた。 これが、「七松」の由来となったとか。 また、織田信長や荒木村重との縁も深い。
全国各地の名湯を再現した露天岩風呂や高濃度炭酸泉(露天桧風呂)、釜風呂、サウナなどが楽しめる。
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大阪 お好み焼きの専門店。 店内はカウンター席、テーブル席がある。 メニューはお好み焼き、焼きそば、サラダなど。 千房自慢のお好み焼きと関西太麺ソースそばの定番「得々ペアセット」。
大根サラダ
トマトなどを使用した大根サラダ。
とん平焼き
豚バラ肉と玉子を使用した大阪名物のとん平焼き。
ミックス焼きそば
豚肉・いか・小えび・玉子のせのミックス焼きそば。
道頓堀焼き
豚肉・いか・小えび・すじ・チーズが入った道頓堀焼き。
尼崎ホルモンうどん
尼崎店限定のメニューの一つである名物尼崎ホルモンうどん。 特製ホルモンとニラが入っていてピリッとした辛味が特徴。
西日本旅客鉄道(JR西日本)福知山線(JR宝塚線)の塚口駅構内に設置された自動販売機。 塚口駅は1891年、川辺馬車鉄道として開業。 川辺馬車鉄道は摂津鉄道と改称するも阪鶴鉄道に買収された。 1907年、国有化され、帝国鉄道庁となる。 1987年、国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)となる。 2016年、「ZUTTOCITY」としてまちびらきを行い、駅ビル「ビエラ塚口」が開業。 2022年、駅ナカ初となる「冷凍食品自動販売機コーナー」が設置。 メニューはラーメン(ヌードルツアーズ)、お好み焼きあらた(べた焼・そば入)、から揚げ(神戸からあげイルボチキン)など。
阪急電鉄神戸線の塚口駅前にある商店街。 愛称、笑える今日がここにある塚口笑店街。 飲食店や雑貨店、銀行、医療機関など約30店舗が連なる。
宗派は真宗興正派。 別名、興正寺塚口別院、塚口御坊。 1409年、布教中の興正寺第11世性曇上人が病に倒れ、約一ヵ月間、塚口村に逗留。 この時、御堂を建立したのが始まり。 1468年、細川勝元と山名持豊らによる戦が勃発し、川西市の最徳寺、光遍寺、豊中市の超光寺が川辺郡・豊島郡・能勢郡の末寺や道場などで組織した一揆の中心になった。 塚口御坊は境内のまわりに土居(土塁)、堀を巡らせ、城の構えを備えていた。 そのことから塚口城とも。
1468年、細川勝元と山名持豊らによる戦が勃発し、川西市の最徳寺、光遍寺、豊中市の超光寺が川辺郡・豊島郡・能勢郡の末寺や道場などで組織した一揆の中心になった。 塚口御坊は境内のまわりに土居(土塁)、堀を巡らせ、城の構えを備えていた。 そのことから塚口城とも。 1587年、有岡城主荒木村重が織田信長に反して籠城。 塚口城は有岡城の出城であったが、織田軍が攻め落とし、有岡城攻めの付城の一つとして丹羽長秀、蜂屋頼隆、蒲生氏郷、高山右近、神戸信孝などが布陣。 土塁はほぼ消滅し、東町門脇の社が祀られている高台は土塁の名残。
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1978年、複合商業施設として開業。 ビルは3棟あり、1番館から3番館で構成。 3番館は2017年、閉鎖。 現在は2番館までの2棟で構成。 シンボルマークは「S・S」。 「S」には「3(SAN)棟のビル」「さんさんと輝く太陽がこの街に降り注ぐようにという願い(自由・平等・博愛の3つ=SANの精神)」などの意味。 中央の「・」は太陽(SUN)を表している。 催事用スペース「スカイコム広場」が設置され、地元出身でお笑いコンビ・ちゃらんぽらんの一員として活躍した画家の大西幸仁による壁画も。 2022年、地域密着型商業施設のショッピングセンター「SOCOLA(ソコラ)塚口クロス」が関西初として開業。
代表作「曽根崎心中」で知られる近松門左衛門が愛用した硯石と「曽根崎心中」の主人公お初・徳兵衛のレリーフに床本(浄瑠璃の本)がモチーフ。 床本には「曽根崎心中」道行の名文が書かれている。 「此世のなごり 世もなごり 死に行く身をたとふれば(中略)鐘ばかりかは(近松作浄瑠璃曾根崎心中道行冒頭部分)」。
塚口商店街に設置された冷凍自販機。 自動販売機では炭焼きステーキ六段 炭焼きステーキ重をはじめ、松葉寿司の近松巻、花山葵のオーナーがつくる南インドスパイスカレーなどが販売されている。