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味の風にしむら
奈良県桜井大字粟殿 粟殿1023ー3スミヨシ住宅105ミシュラン一つ星も獲得する割烹料理 カウンターのみゆえ事前予約必須。 滋味深い味わいながら、ひと皿ごとに驚きがある
いにしえ茶屋
奈良県桜井市川合258-1三輪そうめんを中心とした専門店。 店内はテーブル席のみ。
安倍文殊院
奈良県桜井市阿部645華厳宗の寺院。 山号は安倍山。 本尊は文殊菩薩。 開基は安倍倉梯麻呂。 京都府の切戸文殊・山形県の亀岡文殊とともに日本三文殊の一つに数えられる。 ちなみに「三人寄れば文殊の知恵」で知られる。 645年、大化の改新の時、左大臣として登用された安倍倉梯麻呂が孝徳天皇の勅願もあって安倍氏の氏寺として安倍山崇敬寺(安倍寺)を建立したのが始まり。 平安時代、多武峰の妙楽寺(談山神社)の僧兵によって焼失し、移転(旧寺地は安倍寺跡の史跡公園として整備)。 東大寺の末寺の一つ「崇敬寺」は安倍倉梯麻呂の建立、「崇敬寺」の別名が「安倍寺」であったとも。 鎌倉時代、崇敬寺智足院の別院・満願寺に移転。
大神神社
奈良県桜井市粟殿495 大神神社大神(おほみわ)神社(三輪神社) 6月16日、本多は、剣道家でもある須川控訴院長に代わって、神前奉納剣道試合で祝辞を述べるために出かける。 大鳥居の下車の札のあるところで、本多は下車をする。
等彌神社
奈良県桜井市桜井別名、能登宮。 祭神は、大日霊貴命、磐余明神、品陀和気命、高皇産霊神、天児屋根命。 創建時期など詳細は不明。 当初、鳥見山に鎮座。 鳥見山は初代天皇の神武天皇が即位後、皇祖神及び天津神を祀った霊畤。 初めて皇祖天神を祀ったといわれ、大嘗会の起源であり、初の舞台とも。 1112年、社殿を現在地に移転。 当社の八咫烏は人の形をしているのが特色。
石寸山口神社
奈良県桜井市谷502用明(ようめい)天皇 古事記によると、“弟のタチバナノトヨヒの命(用明天皇)、大和の池の邊の宮においでになつて、三年天下をお治めなさいました。” 抜粋: 古事記 現代語譯古事記 稗田の阿禮、太の安萬侶 武田祐吉訳 写真は、池の邊の宮があったとされる場所にある石寸山口神社。
さくらいとれとれ市場
奈良県桜井市粟殿72地域で獲れた新鮮な野菜や果物を中心に販売する市場。
保田與重郞生家
奈良県桜井市桜井784文芸評論家。 別名、湯原冬美。 1910年生まれ。 旧制奈良県立畝傍中学校、旧制大阪高校、東京帝国大学美学科美術史学科卒業。 「コギト」、亀井勝一郎らとともに「日本浪曼派」創刊同人として活躍。 マルクス主義から後に、ヘルダーリンやシュレーゲルを軸としたドイツロマン派に傾倒、近代文明批判と日本古典主義を展開。 処女作「日本の橋」で第一回池谷信三郎賞を受賞。 大東亜戦争を「正当化」したとされ、公職追放。 京都の鳴瀧に山荘「身余堂」を構え、以後を過ごした。 佐藤春夫は「そのすみかを以て詩人と認める」とし、東の詩仙堂と並べて「西の身余堂」と絶賛。
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