萩城
山口県萩市堀内1-1別名、指月城。
1600年、毛利輝元は関ヶ原の戦いにおいて西軍の総大将に就任後、敗戦により周防国・長門国の2ヶ国に減封。
1603年、輝元は幼少の秀就に代わって後見役となり、萩・山口・三田尻(防府市)の3ヵ所を城地の候補とし、幕府に裁可を求めた。
1604年、毛利輝元は指月山の山麓に広島城に代わる新たな居城として築城。
本丸の御殿は長州藩(萩藩)の拠点となり、藩主居館と政庁を兼務。
1605年、萩城二の丸東門の普請に必要な五郎太石(石垣の裏や隙間を埋める小石や砂利)が盗難に遭い、毛利家重臣の熊谷元直らが処罰された五郎太石事件が発生。